私の考える仕事と経営
1.私の原点
私の原点となっている光景があります。
戦争が終わり、疎開先から東京・日本橋の実家の酒卸問屋「岡永商店(現・岡永)」に戻ると、父と長兄が焼け跡にバラックを建てて、細々と商売を再開していました。まだ中学一年生だった私は、その姿を見て「親父も大変だなあ」と、とても侘(わび)しく思ったものです。
闇屋が出てきて、彼らが跳梁跋扈し金儲けをしている時代でした。その羽振りのいい姿を見て、つい「すげえなあ。なぜウチはやらないの?」と口に出したのです。すると父は、「間違った商売は必ずダメになる。見ていろ!」と断言しました。実際、その通りになり、ほどなく闇屋はことごとく没落していく姿を目にしました。
このときの父の言葉と、そして実際に闇屋が没落していった経験は決定的でした。父から教わったことはいろいろありますが、その真髄は「まっとうな商売をしろ」ということに尽きます。だから私も独立に当たり、まず最初に浮かんだのは、人から後ろ指をさされるような商売はすまいという思いでした。あるいは、これは父独自の哲学というよりは、実家が日本橋という商都で酒問屋をしていたことを思えば、長い時間の中で多くの人々によって形づくられてきた叡智であり、常識であったのかもしれません。
ともあれ、父は「商売をするとき、間違ったことをしてはいけない」という倫理観が非常に強い人でした。いわゆる商人道です。間違ったことは一切するな。父からは、商売に限らず、人生のすべてにおいてそういう教育を子供の時から受けてきました。
何をやってもいい。しかし間違ったことをするな。それから卑しいことはするな、というのが父の基本的な教えでした。そういった父の教えが、今でも身に染みています。
大学卒業後「商売を仕込んでやる」と言われて岡永に入社すると、仕事を終えたあと食事をしながら、父からよく「あぶく銭などで儲けようとするな。そんなものは長続しない」とお説教をされたものです。父は晩酌が好きで食事が長く、それを毎晩隣で聞かされるものだから、「またか」と辟易したこともしばしばでした。しかしそのお説教がいつしか体に染み込み、私の考え方の原点となっているのです。