松下幸之助はなぜ成功したのか
1.序 成功への道は一つ ――まえがきにかえて
どうすれば成功できるのか。
本書は、その問いに答えようとしたものである。
松下幸之助晩年の二十二年間、私はその下で仕事をやってきた。普通、勤務時間は一日八時間ということになっている。しかし、私の場合は二十四時間であったといってもいい。ほとんど土曜、日曜もなかった。朝早く四時ごろに電話がかかってくる。朝、六時ごろに呼び出される。いま、すぐこいと言う。午前に、午後に、そして夜中に電話がかかってきた。私は毎日のように出かけていった。夜はしばしば、松下と夕食をともにしながら、十時、十一時まで過ごした。
日本にも成功物語は多いが、松下幸之助といえばその屈指のひとりである。本書はその成功の理由を、読者が追体験し活用できるように体系化してみた。言ってみれば、巨峰の一合目から頂上への道のりを、ステップ・アップ方式で描くことを試みたものである。
松下幸之助はよく私に次のように話してくれた。
「きみなあ、成功の道というものは、いろいろの行き方があるけどね。でも結局のところ、おおむね同じじゃないかと思う。それは百人が百人とも持ち味があるからね、多少の違いというものはあるけれども、成功の道すじ、軌道というものは、だいたいにおいて決まっている。いわば共通性があるということや。だからその軌道から離れたら、みな失敗の道になっていく。つまるところ甲の人の成功、乙の人の成功に、個性によって多少違いはあるけれども、成功への道は一つであるという感じがするな」
この見方が正しいものであると、私は確信を持って言うことができる。そして松下の成功理由を体系化することは、普遍的な成功の法則を明らかにすることになると思う。
その理由の第一は、松下自身が成功者であること、第二に、松下は多数の先哲諸聖の研究をしており、自身の体験をさまざまな角度からも検証していること。
そして第三に、時代の変化を迎えてますます松下の考え方が正しいと、私には実感されるからである。というのは、最近の経営における成功者といえば、情報通信、コンピュータが代表的である。彼ら成功者のコメントを見ていると実に楽しい。松下とよく似たことを言う。だから、これから先の時代における普遍性の検証も、すでに行なったと言って許されるであろう(もっとも松下の晩年を知っている私にとっては、彼らにいささか若気の至りを感ずることも多いのだが。しかし、それは時間が解決していく問題だろう)。
さて、本書をまとめることを決意したのは、昨今の時代背景において、やはりその必要があるという思いからだった。
今、時代は大きな変化を迎えている。読者はそのことを、実際の生活の場で痛感しておられることだろう。私はその変化を「タテ型社会が終わり、ヨコ型社会が到来した」と表現している。たとえば今の若い人たちは、もう上下関係でものを見ようなどとは考えていない。社長が偉いとか、政治家や官僚が偉いなどとは思っていない。コンピュータ、とくにインターネットの急速な発展という背景もあり、むしろ若い自分たちのほうが、豊かな情報を持ち、すぐれた行動をとることができると思っている。私もある面はそのとおりだと思う。あらゆるところで、逆転現象が起きつつある。
時代が大きく変化した理由の第一は、やはり冷戦構造の終焉である。
と同時に日本では、たいへんな豊かさが実現した。それがヨコ型社会の到来を強力に加速させた。たとえば「おまえ、働きが悪いからクビだ」と言ったとしよう。貧しい社会では切実な問題だが、今はもう働き口がたくさんある。飢える心配もない。「ああ、そうですか」と明日から来なくなる。“そんなつもりで言ったんじゃないのに、あいつ辞めちまって”と思っても後の祭りである。
自由。今の日本は、信じられないほどの自由が実現しつつある社会である。
しかし一方、過剰な自由の危険が目につくようになりはじめた。ちょっとこれは……、と思うような光景。豊かさはいいが、それに伴い規範の喪失も目につきはじめた。インターネットでどんどん情報を入手する若者に、中高年のビジネスマンが、経営者が、自信を持って成功のためのアドバイスをすることが、できなくなりつつあるのではないか。同時に若者は、年長者や伝統による教えを失い、確固たる指針のないまま宙に浮いたような精神状態になっていないか。宗教に興味を持つ人が多いというが、それは一つの現れであろう。
「自由」というものに、どこで線引きをするか。これからの日本にとってそれは、重大な問題である。だがヨコ型社会では、もはやかつてのように、支配、強制、管理による線引きはできない。どうすればいいのか。
基準を、明確にすることである。そうすれば、やっていいことと悪いことの線引きがおのずからはっきりする。
こうやったほうが成功しやすいですよ、幸福に近づきますよ。そんなやり方では失敗しますよ、幸せになりにくいですよ。平易に言えば、本書はそのときの基準を明確にしたい。
本書をまとめるにあたっては、できるだけ全体のページ数を抑えようと心がけた。盛り沢山にすることは簡単だが、それでは記憶に残らず、実用には適さないと思ったからである。それでもけっこうな分量になってしまった。
全体は六つの法則に分けた。
読者の年齢や立場に応じて、同じ内容でも印象が異なることになると思う。法則1から3までは、まだ成功の入口に在る者のために書かれている。そのため、すでにそれなりの立場に在る方には今さらの感があるかもしれない。一方、法則4と5は成功の途上に在る人のためのものであり、最後の法則6は特に最高責任者といった立場の方のためのものである。それゆえ、若い人たちにはやや遠い話のように感じられるかもしれない。
しかし成功のためには、成長し脱皮していくことが不可欠である。年齢、あるいは立場によって、それぞれ求められるものが異なってくる。本書もそのような流れの中で構成されている。
そして正直に申し上げるならば、本書をまとめながら、最後まで一つのためらいもあった。松下幸之助の考え方の根本にはつねに調和がある。その調和はさながら球体である。
球体の一箇所に光を当てることは、相対的に他の部分をカットすることになる。成功の法則を読者に分かりやすく提供するためとはいえ、体系化するということは、成功の要素を個々に抽出し、整理することであり、本来はそれぞれが複雑に絡み合い、組み合わせられ、調和されなければならないという点を見失うリスクが伴う。全体の構成で補うようにしたが、法則1から6へという流れとともに、各項目はそれぞれ密接に結びつきあいながら、全体としても一つの法則をなしているのだという読み方をしていただけるならば、まことに幸いである。
本書を契機として、数多い松下自身の著作に触れていただけるならば、更に幸いである。