【Part3 義務、責任を負うことの喜び】
○福田和也 国籍は文化だという意味では、特に男の子にとっては文化というものを父親から得るところがすごく大きいですからね。自分で父親をやってみてよくわかるんですけれども、日本社会はすごく変わっている一方で、ある意味持続性があるんです。特に僕のように昭和35年という高度成長の突端ぐらいの生まれだと、子どもがやっていることと自分がやってきたことがあまり変わらない。
●柳美里 そうでしょうね。
○福田 テレビゲームなどはなかったけれど、僕の子どももミニカーを集めたり鉄道模型で遊んでいたりする。自分が通ってきたところをそのまま繰り返すから、すごく楽しい。伝統の持続とは結局そういうことかなと思うんです。
●柳 だからきっと、父親である彼が丈陽を見たら、仮に40歳だとすると、40年間の人生のうちの記憶に残っていない最初のページを読み直しているような気分になると思うんですけれども。
○福田 とくにジェンダーが同じ子どもを持つと、本当に人生を二度生きるようなところがありますからね。息子を見ていると、なわとびができなくて嫌なこととか、きちんとヤスリをかけずにプラモデルをつくろうとするところとか、失われた部分が全部蘇ってくるところがあります。
●柳 日々ジェンダーの威力を実感しているのですが、1歳にしてすでに人形などには関心を示さない。ビデオやケイタイの操作をしはじめるとか、機械類には並々ならぬ関心を示しています。私はテレビ番組の録画もできないし、ケイタイの電話番号の登録もできないのに。
○福田 男の子ですね、やっぱり。
●柳 女の子の行動は、かつて通った道で理解の範囲内ですが、男の子は理解不能の行動をする。その得体の知れなさが面白いんです。だから産む前は迷ったのですが、産んでからは、産まなければ良かったと思ったことは一度もありません。しかし、たいへんです。今朝もせっかく7時起きでつくったオムライスを顔に投げつけられて、まだショック状態から抜け出せません(笑)。
今朝のメニューは、オムライスとうなぎの蒲焼きと豆腐のみそ汁だったんです。私がスプーンで口まで運んでいたら、いつまで経っても自分で食べられないので、今、食事の訓練中なんです。だから、オムライスは握りつぶされ、蒲焼きは皿ごとひっくりかえされ、みそ汁はビューッと吹き出され……。
○福田 でもそうなってくると、面白いでしょう?
●柳 面白いけれど、たいへん。この二つを切り離すことはできません。昨日編集者と飲んで、帰ったのが1時ぐらいなのですが、ベビーシッターが帰宅した後に、丈陽が眠っているのを確認して風呂に入ったんです。髪を洗っている最中に泣き声が聞こえて。シャンプーだらけのまま、とりあえず髪にタオルを巻きつけて、風呂から出て添い寝しました。でも、風呂に戻ろうとすると、その気配でまた泣いてしまう。
○福田 そういう気配には敏感ですね、男の子は。
●柳 女の子は違いますか?
○福田 僕の娘はそんなではなかったです。
●柳 男の子って繊細なんですね。大人になっても、女よりも傷つきやすいですものね。あんまり傷つけちゃいけないな。
○福田 傷つきやすいんです、ほんとに(笑)。
●柳 タオルをターバンのように巻きつけたまま、早くシャンプーを洗い流したい、洗わないとかぶれるし、風邪をひくぞと、そっと丈陽から体を離すと、「ああ」と言って手を伸ばして目を開けるんですから、たまりませんよ。
○福田 あと男の子は触ってあげたり、くっついていると安心しますね。
●柳 女の子は?
○福田 男の子のほうが敏感だと思います。
●柳 男の子、可愛いですけどね。
○福田 それと絡む話なのですが、『魂』の中にも出てきたし、雑誌『正論』のインタビューでもおっしゃっていましたが、「したいこと」ではなくて「しなければならないこと」、要するに義務とか責任ですね。煎じ詰めると倫理ということになると思いますが、そちらに意識があるようになったとおっしゃっていて、それが非常に興味深かったのですけれど。
●柳 したいことをできないのは苦痛で、しなければならないことというのはそもそも苦痛だというのが今の風潮ですけれど、子供を産んで育ててみて、私はそうは思えないんです。確かに、したいことはできなくなった。グデングデンに酔ったり、とめどなく恋愛したりということはもちろんですが、本を読んだり映画や芝居を観たり、テレビを見たり音楽を聴いたりすることさえ大きく制限される。
○福田 映画はほぼ不可能ですね。
●柳 けれど、子どもは親の欲望の実現をはばむ障害物ではありません。子どもは、親に欲望の空しさ、義務、責任を負うことの喜びを自覚させてくれる重要な存在です。