【Part7 江藤淳氏、自殺の理由……】
●柳美里 福田さんにお訊きしたかったんですけど、江藤淳さんはなぜ自殺されたんでしょうか。
○福田和也 いろんな理由があったと思うのですけど、奥さまがものすごく細かいところまで全部正確に演出していたんですね。江藤さんは電気のランプも取り替えられない人だった。全部奥さんがやっていて。
僕がすごいなと思ったのは、要するに江藤さんが書いていると彼女は横にいるわけです。電話もみんな取るし宅急便も受けるし、とそうやっていたわっていて、もうあらゆる生活のことが江藤さんの気の済むようにできているわけです。そこで書いていて、彼女が最初に読む。基本的な生活はそのようにできているわけです。
とすると奥さんがいなくなったとき、どんな人を持って来たってそうはいかないじゃないですか。江藤さんはやはり、自分がずうっと守って来た素性というのが、奥さんがいなくなってもうぼろぼろに崩壊していくのが見えたんだと思うんですね。
そういう崩壊ということは江藤さんはずっと何回もやっていて、お母さんが亡くなって戦争に負けてみたいなことがあったわけですが、しかし最後の最後、この年になってまたこういうことになったのかということが……。
他にもたくさんあると思いますけれど、石原慎太郎さんが言っているみたいにあの日雨が降らなかったらよかったんだよというような、それも確かにあると思いますが。鬱病の薬の用量をきちんと守ってなかったというようないくつも原因はあるけれども、そこが一番大きいんじゃないかしら。それこそ視線という観客ですよね。
●柳 私はこれまで生活を蔑ろにしていて、生活から遠く離れて書いていたんですよ。1年の大半を地方のホテルや旅館で過ごし、物置きと化していた都内のマンションに帰るのは2ヵ月ぐらい(笑)。その私が、子どもと病人を抱えて、はじめて生活というものに直面した。
○福田 スタイルをしっかりつくらないとね。そして生活があると今度は文化ができてしまいますから。家庭というのは結局どうしたって文化ですし、それを引き受けるのはやっぱり家庭だということになる。だから江藤さんの場合、そこがなくなってしまったというのは……。
●柳 『妻と私』を読んで、東さんは自分の死後、私があと追い自殺すると信じたんです。
○福田 亡くなったあと何人かと話していてよく分かったのは、江藤先生は毎年編集者を集めてパーティーをやるわけです。かなり大きい家だけれども、それでも普通のお宅ですよね。そこに80人とか90人の編集者が来て、もう押し合いへし合いにならざるを得ない。
もちろん僕も伺うけれども、やっぱりしんどいと言えばしんどいんですね。なんでこういうことをするのかと思っていたのですが、やはり奥さんがそれをしたかったんですね。要するに自分がそれだけの犠牲を払って江藤淳という人を維持し育て書かせているわけです。その江藤淳という存在を見せる場所がほしいんですね、視線が。
江藤さんもそれを分かってて皆を招待する。だからそれは江藤淳を披露するイベントなわけです、奥さんにとっては。
●柳 東さんもずっとそうだったんですよ。
○福田 そうだったというと?
●柳 彼は黙っていてほしかったことなのかもしれないけれど、別れてからも私が缶詰めになっているホテルを訪れて、寝ないように見張ったり、私設編集者のような役割をしていました。だからある種、柳美里という作家は彼と2人でつくった作品なんです。
毎日新聞の記者が、追悼文を、「柳さんが芥川賞を受賞した時に見せた、東さんのはにかんだ笑顔が忘れられない」という言葉でしめくくっていましたが、自分のつくった芝居を観る演出家のように、東京會舘の一番隅の椅子に座って芥川賞の授賞式を観ていたんです。
○福田 これはもうほんとうに失礼な申し様で、怒らないで聞いてほしいんですけれども、社会的にはやっぱりある時から完全に逆転されましたよね。柳さんと立場が。かなり激しいというか絵に描いたような逆転の仕方をして、そのへんはどうだったんですか。
●柳 そのへんの複雑な感情は超えていました。東由多加は柳美里という作家を世に出すことによって、自分のアイデンティティを支えていたのだと思います。だから、自分の死後も柳美里が作家としてやって行けているというのは、彼にとってどうなんでしょう……。
○福田 そうか。僕はだから江藤さんが奥さんに殉じたみたいに言われているけれども、あれは全然違っていて、奥さんはそう言われたらたぶん怒ると思うんですね。
●柳 殉じたことを?
○福田 自殺したことを。奥さんとしては、死後もやっぱり大批評家としてやっていて欲しかったと思うはずです。
●柳 そう思えるときもあるけれど、そう思えないときもある。亡くなった4月20日から揺れつづけて、今でも揺れています。
揺れているから、霊能者といわれる人のところに行ったりもしたんだけれども、その霊能者に、「東さんはあなたに生きて、書きつづけてもらいたがっている」と言われたりすると、そう願っているに違いないとも思うし。
死ぬ間際に言われた「あなたは俺のあとを追うんでしょ? だったら今のうちに、生きているうちに丈陽を町田家に養子に出したほうがいいよ」という言葉に引っ張られてもいるんです。