【Part6 裏切りの意識……】
●柳美里 というか、一度死んで、もう一度生き直さなければならないしんどさなんです。東さんが亡くなって、やっぱり私は持って行かれてしまったんです。亡くなったのが4月20日で、とても新緑の美しい時期で、その美しさはいわば地球から離れて宇宙から……。
○福田和也 視点が。
●柳 地球は青い、美しいというのに似た感じだったんです。
○福田 死者の視点。
●柳 そうなんです。なんて美しいんだろう、と死者の視点で生を肯定したんです。
○福田 喪失と獲得というと分り易すぎるけれども、誕生が一緒にあるというところで視点が大きく変わったわけですね。
●柳 もうひとつ、裏切っているといううしろめたさがある。亡くなった日の明け方に「あなたは俺が死んだら死ぬんでしょ」と東さんに言われたんです。私は病院に泊まり込んでいて、丈陽は友人の町田康夫妻に預けていました。東さんは、死ぬのならば、今のうちに町田康夫妻に養子に出したほうがいいと。
生後2ヵ月から3ヵ月という大切な時期に育ててもらって、丈陽は2人を親だと思っていただろうし、彼らも実の子のように愛情を注いでくれたし、実際病室に2人が丈陽を連れて見舞いに来ると、丈陽が私と東さんの方を見ないで2人を見ているような状況だった。
東さんとしては半々だったと思うんです。自分が死んでも丈陽と2人で生き抜いてほしいという気持ちと、あとを追ってほしいというのと。
○福田 そういうときに男の執着というのはありますからね。
●柳 そのときの顔と声が頭にこびりついています。死ぬ当日に言われましたから。
○福田 でも裏切りというのは、意識する人間にしか裏切りじゃないというところがあるから。
●柳 意識し続けると思います、ずっと。
○福田 でもそれはどうなのでしょう。どういう約束が東さんと柳さんの間にあったのかということは、込み入った話だから聞くのがはばかられるところもあるけれど。
いっしょに死ぬという約束が成立するためにはある種の人生全体を包含するような共通の絆とか了解が必要ですよね。一緒に死ぬことを強いるような絆や約束とは何なのか。
●柳 約束……。彼との関係は、一心同体と言っても、言い過ぎではないんです。男と女としては6年前に別れましたが、別れてからも、書き上げた小説はまず東さんに読んでもらっていました。常に第一読者で、編集者より先に読んでもらっていたんです。役者を断念して作家になってからも、私にとって、東由多加は演出家だった。
○福田 では逆に言うと、その東さんなしでこれからどうやっていくかという話になるわけですね。
●柳 大きな視線がなくなってしまって……、かたや丈陽の視線というのが強くなって……。
○福田 『命』を書いているときは、まだ東さんは生きていらしたんですか。
●柳 途中で亡くなってしまいました。
○福田 どのへんから?
●柳 日赤に丈陽の父親が見舞いに来て、父子が対面したことを書いた回の直後です。
○福田 途中でアメリカから戻って来るところがあるじゃないですか。あそこのところはちょっと流れが変わった感じがして、前の部分と比べると少し違和感があったのですけれども。
●柳 ちょうどその回から東さんは読んでいないんです。病状が悪化して……。
○福田 東さんが読まなくなってからの感じはどうだったんですか、柳さん自身にとって。
●柳 速度を緩めました。1週間先は保証できない、と主治医に宣告された3月24日以降の原稿は、刹那に執着し、ディテールを刻みつけるように書きました。この作品を書いているうちは、まだ只中に居るという感じなので、大丈夫だと思うんです。終わったら、どうなるんでしょう……。
共に暮らし、遺体を安置した場所で生活していますからね。机の上も中もそのままですし、クローゼットの中には服が吊り下がっていて、下着なんかもそのまま……。私はまだ彼の死を受け容れることができないんです。
○福田 でもいずれにしろ、どのように意識されたとしても、書いていくときに実体としてもうその「目」はなくなったわけですよね。
●柳 ええ。
○福田 やっぱりそれが書き手としての柳さんにどういう影響を与えるかということだと思うのですけれども。
●柳 どうなのでしょうね……。
○福田 書いて生きていく人間というのは、そこが中心になってしまうじゃないですか。何を書いていくか、どういうふうに書いていくか、ということが。
●柳 東さんに読んでもらって、励まされ、誉められたことは皆無に近いんです。「なにこれ、頭から書き直した方がいいけど、もう時間がないんでしょ?でも、こんなものを出したら、編集者も読者も離れるよ」と言われて、掲載を2ヵ月ずらして書き直したこともあります。
○福田 いずれにしろ第2期柳美里、活動せよという感じなんでしょうか。
●柳 福田さんにお訊きしたかったんですけど、江藤淳さんはなぜ自殺されたんでしょうか。