【Part5 恋愛、結婚、視線……】
○福田和也 子どもにアプローチしたりします? 本を読んであげたりとか歌を歌うとか。
●柳美里 歌えとは言ってきますね。
○福田 え? 子どもに歌えと言うんですか。(笑)
●柳 いや、子どもが歌えと(笑)。「♪大きな栗の木の下で」とか「おすもう くまちゃん くまのこちゃん」とか歌っています。
○福田 そういうときって、ご自分がどういうふうに育てられたかを参照というか思い出したりしません?
●柳 参照できる家族ではなかったですからね。
○福田 作品の世界だから現実は違うんでしょうけど、でも柳さんはものすごくある意味で手をかけられたというように書いてらっしゃいましたね。
●柳 不公平に手をかけられました。
○福田 妹さんと比べて。
●柳 例えば食事の量が私だけ多かったりとか、台所に呼び出されて板チョコ1枚与えられたりとか、妹と弟には内緒で(笑)。
○福田 めちゃくちゃ不公平じゃないですか。
●柳 みんな歯並びが悪かったのに、私だけ歯列矯正もしましたしね。溺愛一辺倒だったら、それはそれで良かったのかもしれませんが、その分虐待もされました(笑)。でも、自分が親にやられたことを、親となって子どもにやり返すのではあまりにも知性がないですからね。
○福田 これも言い方がナマ過ぎるんだけれども、子どもを持って得したなと思ったのは、やっぱりジェンダーが違うというか、上が女の子だったので分からなかったんだけど、下が男の子じゃないですか。全然タイプが違うんですよ、僕と違っておとなしくていい奴。
●柳 え? 乱暴さは遺伝しなかったの?
○福田 そう、いい奴なんです(笑)。なんだけれども、やっぱり男の子だといろんなことが分かるんですよね。要するに、自分が育ってきたようなことをやっていくわけです。
●柳 今おいくつですか。
○福田 下の子は小学校の3年生。だからそうすると、自分が育ってきたことが「ああ、こういうことだったのか」というのが分かるんですよ。
だから子どもを育てていくと2回生きるというのかしら。そういうところがあって、それが得だなと思ったんです。いないと見えなかったことが、子どもとつきあっていると見えてくるところがあって。
●柳 子育てというのは、失ってしまった幼児期の記憶を取り戻すという意味もありますね。
○福田 あと、自分が子どものときこういう感じで親父はしんどかったのかなとか。実はいい加減だったんだなとか、いろんなことが分かって。
●柳 人生が1冊の書物だとしたら、読んだけれども記憶に残っていない前半のページを捲りなおしているという感じはありますね。でも、物心ついたら、殺される可能性も(笑)。
○福田 江戸時代の川柳に「殺さないだけで親孝行」というのがあるらしいので(笑)。
●柳 それだけを目指そうと思って(笑)。
○福田 殺されるのだけは困ると。
●柳 困る。自分の子にだけは殺されたくない。
○福田 やっぱりこの『命』以降というのは、柳美里第2期みたいなかたちになっていきますね。
●柳 そうならないと、作家失格です。
○福田 昔江藤淳さんが『成熟と喪失』という作品で、家族から逃げながら、家族をつくろうとしてきた作家たちの話を書いていますが、彼らは作品の中で家をつくろうとしてやっぱり結局逃げてしまったと。主に安岡さんであり、つくろうとして結局訳が分からなくなってしまった小島さんであったり。
安岡さんは逃げたと言われたことに対しては、かなり抵抗感を持っているみたいだけれども、柳さんはやっぱりそこを引き受けて「第三の新人」の轍は踏まないぞという感じなんでしょうか。
●柳 引き受ける覚悟はしています。
○福田 結婚しようかと思う、ということ自体がそういう感じですね。
●柳 もう恋愛はうんざり。視線がほしいんです。家の中での関係性を求めているんです。
○福田 でも仕事柄、編集者の人が来たりするわけじゃないですか。それは若い夫婦でご主人がそれこそ仕事で2時3時という人よりは、ある意味で他者の視線を持っているというふうにも言えるわけですよね。でも、やっぱりそれが家族でなければいけないのはなぜでしょう。
●柳 数人の編集者とは仕事の関係を超えてつきあっていますが、仕事抜きには成立しない関係です。
○福田 基本的にそこが基盤ですからね。
●柳 それにこの半年間で10回ありませんよ、編集者が自宅に来たのは。私が求めているのは同じ空間、同じ時間を共有してくれる人なんです。
○福田 でもそれは単純にほんとに安直な言い回しをすると、女から母になったとかというのとまた違いますね。
●柳 違います。だけど、疲れたというのはありますね。拭き取っても拭き取っても、疲れが染み出てくる……。
○福田 今は月に100枚ぐらい? もっと書いています?
●柳 120枚ぐらいかな?
○福田 それだけお書きになって、今日のようなこともあって、それでなおかつ夜中いつ起きるか分からない子どもとつきあうから、それはほんとうにハードですよね。
でももしそんなにハードではない人でも、都会で1人で子どもを育てるような人であれば、もう死ぬか殺すしか逃げ道がないみたいな気分になってしまうのは必然だと思うんですけれども。
●柳 というか、一度死んで、もう一度生き直さなければならないしんどさなんです。東さんが亡くなって、やっぱり私は持って行かれてしまったんです。亡くなったのが4月20日で、とても新緑の美しい時期で、その美しさはいわば地球から離れて宇宙から……。