【Part4 観る人不在の厳しさ……】
○福田和也 ちょっと小説の話題から離れるんですが、というかプライベートなお話になってしまうわけですが、1人で子どもを育てていらっしゃることは感じとしてはどうですか。子育ては。
●柳美里 ベビーシッターに昼12:00から夜10:00まで世話してもらっているということは、子育てと仕事の両立はできていないんでしょうね。眠るときと起きるときだけはいっしょにいてあげたいと思っているのですが……。
○福田 失礼ですけれど、ベビーベッドに入れているんですか。それとも横に寝かせているんですか。
●柳 横に寝かせています。
○福田 僕は上の子はベビーベッドに入れていて、下の子は横に寝かせて育てたんですね。
●柳 東さんを亡くす直前に、強盗というかレイプ犯が入って。
○福田 あれはもう大丈夫なんですか。
●柳 今のところ大丈夫です。という事件もあったものですから恐くて……。となりに置いておけば、いざとなったら連れて逃げられる。
○福田 ああ、そうか。僕の知っている女性で、泥棒が来そうな側に子どもを置いているという。泥棒が怖いので、子どもが守ってくれるんじゃないかということを言っていたけれど。
●柳 東さんが末期癌だということが判ってから、失うことの恐怖が生まれました。以前は失うものなどなにもないと思っていたんですよ。ジャニス・ジョップリンの『MEAND
BOBBY McGEE』の歌詞ではないけれども、ほんとうにそう思っていました。
でも、東さんを失って、丈陽まで失ったら……。それで、手を伸ばして抱ける距離に寝かしているんです。守るというのは、初めての感覚です。
○福田 一般的に言うと「守るものができる」というのは堕落ということになるのですが、僕は違うと思っていて、守るものがあると、感度というのかいろんな物事に対するそれががらっと変わりませんか。
●柳 変わりますね。
「俺は弱みはない」という人間と、「これは困ります」ということがたくさんある人間では、やっぱり世の中に対する感度が全然違うと思う。
●柳 周りが見えてきますね。以前は自分の心の中を見渡しても、いつ大震災が起きてマンションが崩れて下敷きになっても、まあ別に構わないとさえ思っていたし。外を見渡してもそれほど守りたいものはなかった。というか、壊したいとさえ思っていた(笑)。
○福田 子どもがいると、水道が来ないと困るとかね。
●柳 「守りたい」という視点を持つと、たとえば、新聞の読み方も変わってきますね。
○福田 でもそれはたぶん作家としては良くないことじゃなくて、とっても良いことですよ。
●柳 守るという視点は持ったけれど、守りに入ったというわけではなくて。
○福田 うん、分かります、分かります。
●柳 さらに過激になるかもしれない。
○福田 守らなければいけないから、こっちは攻めて攻めて攻めなきゃいけないというね。
●柳 攻めなきゃ、守れないですからね。
○福田 でもいくらベビーシッターを雇ってらっしゃっても、夜とかは2人きりなわけじゃないですか。
●柳 2人きり。
○福田 初めてのお子さんですが健康ですか。
●柳 すごく健康です。
○福田 それは親孝行ですね。
●柳 親孝行なんです。出産も4時間半で済んだし(笑)。
○福田 やっぱり2人で過ごすのは、しんどいと言えばしんどいじゃないですか。誰も助けてくれないわけですし、やっぱり子どもって何が起こるか分からないですから。
●柳 いわゆる実務――おしめを替えたりミルクをやったりというしんどさはたいしたことなくて、観客がいないというのが一番しんどい。だからそういう意味で父親という存在は必要なんです。
○福田 それはおもしろい考えですね。観る人間は必要だ、と。
●柳 必要です。
○福田 そうか。それは考えつかなかったです。
●柳 観客不在が堪え難いんです。まったく子育てを手伝ってくれなくてもかまわない。夫が夜中の2時でも3時でもいいんだけれど帰ってきて、子どもの寝顔を「観る」だけで全然違うんです。だから私は観客としての夫であり父親である男性を捜しています。見合い結婚したい。
○福田 なるほど。