【Part3 次の展開……】
●柳美里 私が丈陽を本当の意味で必要としているかどうかですか? 私が、私の命を維持しなければならない、と思っているうちは必要なんでしょうね。
なぜ私が私の命を維持しなければならないのかというと、まだ自分が承認できる作品を書いていないということが、丈陽を養育する責任があるということを上回っているんです。
そこがものすごく自分勝手(笑)。作家としての幕が下りるのが見えたとき……、丈陽が、後ろ髪を引く存在になり得るのかどうか……。
○福田和也 そういう作品を柳さんがいつ書くかにもよりますね。
●柳 今は必要です。丈陽が居なければ生きていけない。
○福田 必要だし必要とされているから、逆に親は子どもの一種の奴隷になるんですよね。向こうの要求に100%応えなきゃならないわけだから。全能であるがゆえに一切抵抗できないという、何か非常に逆説的な立場ですからね。
だからたぶん主婦の方とか今まで読まれなかった方が支持したのは、彼女たちがやっているようなこと、子どもを育てたり適当に家族を――結局家族を何らかのかたちとして維持しているのは主婦の人なわけじゃないですか。
食事の心配をしたり洗濯したりとか、そんなことをしながら一応なんか家族というものがありますよということを差配しているわけですよね。そのことにやはりなんらかの意味があるんだというか、それはやっぱり肯定しようということを理屈ではなく、ライフストーリーで答えようとしているというのが、支持を受けた理由でしょうか。
●柳 でも私、『命』は主婦に反感を買うと思っていたんです。
○福田 大丈夫です。ちゃんと男に逃げられたりして(笑)。
●柳 逃げられました(笑)、逃げられなかったら?
○福田 反感買っただろうけど。
●柳 やはり生を肯定しているから支持されているのでしょうね。否定していたら、主婦は論理ではなく、肌で「嫌っ」と拒絶したと思うんです。
○福田 だからある作家の人がワイドショー的と言ったけど、それは全然違う。やっぱり誰も書かないような質の答えの提示、少なくとも提示の試みをされているから、そこがやっぱりすごく大きなフックだったんだろうなと思ったんですけれど。
今回『命』で本当に日本人にとって本質的なことを、しかも正面から書いてしまったわけです。いま『週刊ポスト』に続編を書いてらっしゃるけれども、他の作品の展開についてなどは、どのように考えてらっしゃるんですか。
●柳 展開は、書いてみないとわからない。
○福田 これだけ売れたから借金返せたでしょうし(笑)。
●柳 全然返せてないです。まだ半分以上残ってます(笑)。
○福田 まだ残ってますか。すごいですね。さすがですね。
●柳 福田さんはどうですか。
○福田 僕は全然駄目ですね。増えるばかりで。
●柳 いま渋谷駅のそばに住んでいて、渋谷のブックファーストで福田さんの本を立ち読みをすることが多くて(笑)。
○福田 ありがとうございます。あのへんでこの頃売れるんです。
●柳 売れてますよ。最近出版された新書の『悪の対話術』も4位、平台のすごくいい場所に置いてありました。
○福田 だからこの頃保守の人たちに嫌われて、ちょっとあっち方面にマーケットを求めてシフトしているんです(笑)。それはともかく、次の展開としてかなりきっちりしたものを進めてらっしゃるという噂も聞いたんですけど。
●柳 いくつかあります。『命』は私記というかたちで書いてみたんですけれど、東さんの側の視点で書いたらどうなるのか……。
○福田 心の中のことも書くんですか、それは。
●柳 も、書く。それは小説でしか書けないですね。
○福田 確かにドキュメンタリーでは辛いですね。
●柳 東さんの視点で、6年前の別れる直前の生活を書いてみたい。悲惨だったんです。家中のガラスが全部壊れてて。冬なのに。
○福田 どっちが壊したんですか。
●柳 私です(笑)。冬なのに雨風が吹き抜けていくほど徹底的に破壊してしまったんですけど、その光景と心象を東さんの視点で書きたい。亡くなる直前の途切れ途切れの意識も東さんの視点で。それから亡くなった後を……。
○福田 亡くなった後も東さんの視点から。それは興味深いですね。
●柳 難しいけれど、この連作を書いてみたい。あともう一つは、私の祖父がベルリンオリンピックでゴールドメダルを取った孫基禎(ソン・ギジョン)と同世代のマラソンランナーだったんです。その時代にさかのぼった小説を。
○福田 前から進めてらっしゃっいましたね。韓国へ取材にいらっしゃったり。
●柳 当初はノンフィクションに近いかたちで書きたいと思っていたんですが、今は実際に起こったことの輪郭だけを残して書こうと思っています。