【Part2 いっしょに死のう……】
○福田和也 作家としても問いを提示する側に回るのか、答える側に回るのかってすごく大きい問題だと思うんですね。
『命』を読んでいてすごいというか、おもしろかったのは、柳さんは今までずうっと子供の立場にいて問うてこられたわけですよね。ところが『命』においては答える側に回っていて、産んだ側から見ようとしているわけです。
この転換というのは、もちろん東さんというずっと長い間一番関係の深い方が死を迎えられるということと、それに妊娠が重なったという、これは非常に柳美里的にドラマティックなんだけれども、そこからの展開というんですか。それが今までとまったく違う。
●柳美里 福田さんがおっしゃったように、どこかで生きることを肯定しなければ出産などできないわけです。それと同時に、東さんと闘病する過程でも、じゃあなぜ抗癌剤の副作用に堪えて闘病するのかというと、生きたいから、生きることには意味があるからと答えざるを得ない。
○福田 本の中で闘病をするより自殺したほうがいいんじゃないかというのが出てきますけれども、自殺は柳さんにとって、かなり本質的な問題ですよね。
●柳 もうちょっと実際は踏み込んでいて、東さんが「いっしょに死のう」と言ったときもあるんです。そのときはためらわずに「いいよ」と答えました。
○福田 なんでそれをお書きにならなかったんですか。おそらく二つの理由があって、一つは本当にするだろうからということ。
●柳 という可能性もあって、もう一つはそれこそ倫理的にということになるんだけれど、丈陽がお腹にいて産むという方向に向かっているのに自殺をすると返事をしたことは、倫理的には許されない。というより、『命』は生に対する肯定の物語にしたかったんです。
○福田 今までの柳さんだったら書かれたんじゃないですか、そこを。というより、そこが中心になってもおかしくないですよね。
●柳 自殺するかもしれないから書かなかったというのもあるけれど、自殺しないかもしれないから……こうやって東さんが死んだあとも生きるかもしれないから書かなかったのかもしれない。
昨年の7月、8ヵ月の命だと宣告された直後に、「死のう」と言われて、「いいよ。どういうふうにして死ぬ?」と尋ねて。私は仕事を全部止めるから一緒にどこかに旅しよう、と行きたい場所を挙げてもらっているうちに……。
それだと余命、余生になってしまう、生きることにはならない、と思ったんです。だからといって死に抵抗するのではなく、死を受容して生きる道を探したいと……。
○福田 死を受容するということは、生きるということになりますからね。
●柳 やっぱり生を選んだんですね。選んだからその会話は削ったんです。
○福田 あと興味深かったのは、それは意識的に書かれていると思うんですけれども、がんセンターに入院された東さんとの関係を家族のようなものとしていたというのがあるじゃないですか。そのとき東さんにも劇団のスタッフとかいろんな人たちが寄って来て、ある種のすごく擬似的だけれど家族的なものが生まれていくわけですよね。
これまで家族的なものはどんどん崩壊していくという話をずっとお書きになっていて、それが逆に今度は寄ってくる構図が書かれていたのですが、そこでやはり何かつながっているのかなと思ったんですけれど。
●柳 今までの作品というのは、私の経験を映してはいたけれど、やはり観念に過ぎなかったんでしょうね。『命』で書いたのは、現実に復讐されつつ現実から生まれた家族観なんです。子どもには、家という劇場、父親役と母親役を演じる役者が不可欠です。
母子ふたりで家族という芝居を演じるのは難しい。だって小さな子どもは、舞台上を走りまわる犬や猫と同じで演じられませんから、母親のひとり芝居になります。観客のいない劇場で何年もアドリブでひとり芝居をつづけるのは相当つらい。
だから、わたしは未婚の母になりたくてなったわけではないんです。きちんと結婚をして、丈陽の父親である彼とふたりで子育てをしたかった。
でも結果的に、彼には逃げられてしまい、家族のようなものを東さんとつくろうと思ったんだけれども、東さんは亡くなってしまいました。
○福田 ちょっと不遜かもしれないんだけれど、東さんと柳さんと丈陽くんと3人で「同じ方舟に乗り込み洪水を越えて新天地に向かう」と書かれているけど、一つ抜けているところがあると僕は思ったんです。
確かに東さんにとって柳さんは必要だし、たぶん丈陽くんにとっても柳さんは必要なんだけれども、柳さんにとってその2人がほんとうに必要なのかというと、そこは僕はちょっと抜けている気がした。
柳さんはその2人がいなくても生きていけるのであって、これは今の女性たちの一番難しいところにつながると思うのですけれど。
つまり母親たちにとっては、子どもが自分を必要としているのは分かるけど、なぜ自分に子どもが必要なのか。それが分からないから逆に過剰に投影して子どもをペットみたいにしたり、訳のわからない夢を託したりということが起きて来るんじゃないかと思うんです。
●柳 私が丈陽を本当の意味で必要としているかどうかですか?