いま最も輝いている作家・柳美里さんが赤裸々に語る、
ベストセラー『命』、作家論、そしてこれからの展開。
今回初めて語られたことの数々・・・・・・。
福田和也(本誌特別編集委員・文芸評論家)がその核心を衝く。
【Part1 問う側、答える側……】
●柳美里 何年振りでしょうか。最後にお会いしたのが。
○福田和也 1年半ぐらい。
●柳 もうちょっと経つと思いますよ。だってこの前お会いしたときは妊娠してなかったですから……。
○福田 そうか、2年近いんですね。いま今お子さんは9ヵ月ぐらいですか。
●柳 もうすぐ9ヵ月です。
○福田 9ヵ月というともう首は座っています? 2人育てても駄目ですね、男はそういうこと覚えていない。かなり慣れたつもりだったんですけれど。
●柳 首が座るどころか、今は長距離ハイハイの時期です。台所に行こうが、トイレに行こうが、「ママ!」と泣きべそをかきながら、すごいスピードでついてきます。福田さんのところは、男の子ですか?
○福田 上が女で下が男なので、楽は楽でしたね。
●柳 なんという話をしているんでしょう(笑)。
○福田 男の子は駄目ですよ、弱いし騒ぐし。上はおとなしかったので子育てをなめてたから、下が生まれたらもうたいへんでしたね。ベビーシッターはプロに頼んでいるんですか。
●柳 ええ。
○福田 何人目? 割といい方に当たりました?
●柳 やめてもらった人が7人という感じ。
○福田 なんかインタビューの出だしらしくない話になってしまいました(笑)。
一応仕切り直しをして、どうも今日は来ていただいてありがとうございます。いま『命』というご著書がベストセラーとなっていますね。今日の新聞広告では43万部となっていましたが、いわゆる賞が絡まない作品でこの数字というのはすごいことですね。
●柳 こんなに読まれるとは思っていなかったですね。
私と担当者としては、『ゴールドラッシュ』(新潮社)が15万部だったので、15は行きたいねというふうに話していたから、意外な……。
○福田 ご自分としてはどのように考えていらっしゃいます? 文学読者の基礎票というのはだいたい5万ぐらいじゃないですか。いわゆる小説がきちんと好きで、年に1回か2回は文芸誌を覗くという人の数は。……あ、また笑ってますね。
●柳 いや、福田さんとこうやって笑顔でお話ししていること自体、なんかおかしくて(笑)。
○福田 しばらく仲が悪い時期がありましたから……。それはともかく、一流の書き手と言われる人のラインが5万部ぐらいとすると、それを常に越える人というのはほとんど20人いるかいないかだと思うんですけれど。
それが15万部というとこれはもうほんとうに指折りのきちんとした人たちで、まあ純文学の作家としてはほぼマーケットを食い尽くしているという感じですよね。43万というと、もうその外側にまでかなり届いているわけですが、そこに届いた原因というのはどんな点にあると思いますか。
●柳 どうでしょうね。この前全国9ヵ所でサイン会をやったんですけれども、確実に層が変わってしまいましたね。
○福田 というと?
●柳 以前は同世代から団塊の世代までの男性が多かったんです。6、7割が男性で、だいたいサイン会に並んだりするのは女性だから、男性ばかりで珍しいなと言われていたのですが、今回はほぼ女性でしたね。
○福田 ああ、そうなんだ。これまでは男性の方が多かったんですか。
●柳 女性もパラパラッとはいるんだけれども、多くは男性ですね。それも例えば、渋谷のパルコブックセンターでやっても、渋谷という街にはまったくそぐわない雰囲気の男性ばかり(笑)。
○福田 こういうくくり方をして申し訳ないけれども、じつは僕はずっと柳さんのファンというのは、自殺とか不登校というような形でかなり社会に対して疎外感を持っている人たちが、柳さんの生き方とか価値観などを自分の一つの指標にしている、そういう読まれ方をしているのかなと思っていたのですが。そう、これまでは男性が多かったのですか。
●柳 まあ、でもサイン会に並ぶ読者は特別ですから。
○福田 ああ、そうか。電車に乗るのも辛いとかって、そういう人もおそらく読者にはいるでしょうね。
●柳 そういう人はサイン会には来ない。来るのは永遠の浪人生みたいな、ああ、でも、やっぱり社会から阻害されている人たちなのか……。
○福田 男でも?
●柳 永遠の浪人生ですから(笑)。もうちょっと説明すると、ある男性読者は都内のサイン会場に全部来ているんですよ。で、「同じ本に4冊サインしても意味がないじゃないですか、どうして来るんですか?」って尋ねたら、「別に」と答えるような……。
○福田 それが今回は感じが変わったわけですね。
●柳 今回多かったのは、私と同じぐらい……よりも上の女性です。
○福田 というと、例えばタイプとして?
●柳 主婦ですね。
○福田 主婦が多い。正直言うと、今までは主婦に嫌われる作家ナンバーワンみたいな、ああいう女が家庭を壊すみたいな存在だったのに(笑)。
●柳 そういう私の体質というか性格は変わっていないわけだから、ある種誤解をしているのかも。でも誤解をされなければ、その部数には届かないですからね。
○福田 それはそうですね。でも誤解も理解の一つですからね。『命』を拝読していて一番思ったのは、やっぱり倫理的な本だと思ったんですね。倫理的な本というのはどういう意味かと言えば、これは一番どなたも引用するところだけれど、東由多加(ひがしゆたか)さんとのことで彼の癌の問題と妊娠の問題というのがイコールになって、命を守るのはどういうことなのかということを考えるところがありますね。あるいはその前のところに、お子さんの父親との関係で、やはり甘美な世界の感じがある。
倫理的に演繹していくと、要するに子どもを産まないということは原理的にはコントロールできるわけですから、すなわち原理的にコントロールできるということは逆に一種の決断をしなければ、子どもは生まれてこないわけです。ということは人生とか生きることに対する肯定を自分はしている、という前提がなければ、すなわち生きていること自体は良いことだという肯定がなければ、子どもを産むということ自体はまずい。だから、生きていることというのはいいことだよ、というのを、無理でも言わないといけないわけじゃないですか。
『命』のなかに「甘美な生活」といった云い回しがありますね。今まで柳さんは書かれなかったでしょ、ああいうことを。そこを見たときに、これはほんとに倫理的に詰めているというか、そういう倫理的な姿勢ということを今まではどちらかというとずっと問うていらっしゃったんですよね。答えを求めてずっと問うていらっしゃったのに対して、これはほんとに倫理的な答えを提示しようとしているんだなというか、答える側に回っているんだなという意味で倫理的な本だなと思ったんです。
●柳 息子の誕生と東さんの死のなかから生まれた倫理だと思うんですね。ただ「問う」ことをやめたわけではないんです。問うて、答えようとして、その答えを疑って問い、今度はその問い自体を疑って問い直し……けれども、以前はひたすら問うていただけですからね。そういう意味では、「あれ、なあに?」と指差して問いつづける、言葉を覚えたての幼児と同じだったのかもしれません。
○福田 立川談志が親子ものの落語の枕でよくする噺で、子どもに「産んでくれって頼んだわけじゃねえ」って言われると、「そういえばそうだ。あの晩よしとけばよかった」みたいな噺があるんですけれど。それはやっぱり結局子どもの側には常に問う権利があるじゃないですか。大人はそれに対してどう答えるかということを常に迫られていて、作家としても問いを提示する側に回るのか、答える側に回るのかってすごく大きい問題だと思うんですね。
(Part1 終)
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