【第4回 「創造の喜び」を取り戻すために】
○福田和也 非常に大雑把にいうと20世紀とは第一次世界大戦後ぐらいまでは政治の世紀で、二大戦間は文学というか、思想の世紀ですよね。二大戦間からちょっと後に文学の時代が少しあったけれども、またそれもなくなってしまった。
ところが、どうやらまた潮目が変わってきているのかな、文学のチャンスが再び巡りつつあるのかなっていう気もするんですけれども、その感じはどうですか?
●島田雅彦 文学の潮目になってきたとすれば、それは文学が一番資本の原理に相反していたからじゃないんですかね。つまり他のジャンルはあまりに資本の原理にかすめとられた感がありますよ。音楽しかり、映像、美術しかり。つまり産業化しやすかったんでしょうね、他のジャンルは。
例えばマンガとか歌謡曲の類もメディアミックスのようにして、そのキャラクターを様々な産業で使い回すことによって、他愛もないキャラクターが巨万の富を生み出してしまう。ピアノかパソコンの前に座って5分でできてしまうような、しかし、そこそこ耳当たりのよい音楽を書いてしまえば、それもまたメディアミックスに乗せると主題歌になったり携帯の着メロになったりして、たちまち巨万の富を稼ぎだしてしまう。
そうやって考えると、一攫千金の夢を見る人たちはとりあえず音楽とか美術にかまける手もあるかもしれない。でも、逆に自らの「創造の喜び」のために時間をかけ手間をかけ、一つのコンテンツをこつこつと磨き上げていく者にとっては全く世界が違ってきますよね。
結局、映画や美術や音楽のように資本の原理との結託が進むと、創造の喜びというものからは、かなり切り離されていくでしょうね。そこでは文字通りの意味でビジネスライクにすべてのコンテンツがつくられていくのだとすれば、いま一度、個々の創造者がその創造の喜びを取り戻そうと思ったら、一番資本の原理から遠いところに行くのが筋かなとも思いますよ。
そうすると、そこに文学の可能性があるかもしれない。グローバルな経済から見るとすごくローカルなマーケットかもしれないけど、その中でもう一度こつこつとやりはじめようと思う向きもあるとすれば、そこに文学の潮目はあると思います。
○福田 若い人たちは依然保守化が激しいといわれているんだけれども――僕も多分責任があるんでしょうが――実際に若い人たちと接していると実は全然そう思わなくて、むしろ、昔の意味とはちょっと違うけれども、言葉からすると「左傾化」していると思うんです。
●島田 なるほど。
○福田 つまらないことをいえば、マルクス主義文献を読みたいという大学生が増えてきたり。僕もいま講義でそのへんをやってるんだけれども、非常に反応がいいっていうのが一つある。それは何かと考えていくと、おっしゃっている資本主義ですよね、そういったものに組み込まれたときに、それを食い破ることができるのは何なのか、という問題設定があります。
いまの時代は19世紀末あたりに非常によく似ているところがあるんですよね。要するに第1インターから第2インターに行ったぐらいの状態になっている。というのは、あの頃は19世紀の真ん中ぐらいに郵便の国際条約ができて、郵便がヨーロッパ中心ならばどこでも配達されるようになった。鉄道もだんだん出来てきて、2日かければ大体ヨーロッパ大陸はどこでも行けるようになる。それから、電信網が発達してきた。そうやって文明世界の通信網というのは、大体できあがってきたんですね。
さらには、金融の相互乗り入れですね。ロシアのシベリア開発の公債をフランスが全部受け持つとか。つまり、いまと同じようなグローバリズムというものがあの頃にできている。
そういう中では、結局、資本の論理というものが非常に優勢になってくる。当時の大英帝国はいまのアメリカとよく似ていて、モノの貿易では赤字なんですね。ただ、海上交通と通信、金融を全部イギリスが押さえていた。それによって非常に優勢を誇っていたイギリスに対して、ドイツとロシア、アメリカが挑戦していく構図だった。
今、アメリカが持っている覇権の構図と全く同じで、その中で労働者が置かれている状況、あるいは金融が置かれている状況は国境を越えている。当時も労働者は――結局、彼らは第一次世界大戦でナショナリズムに帰ってしまうわけですが――ドイツでもフランスでもみんな搾取されているのだ、同じなんだっていう見方ができた。同時に、金融も相乗りしているという現実から、資本主義をどう乗り越えるかっていうような機運が出てきた。
もちろん今は質が違っているけれども、資本主義にしても通信にしても、やっぱりすべてが商品化され記号化されて、その交換の中で処理されているというのは、19世紀末の頃と同様です。
19世紀末から20世紀初頭の歴史を今に重ね合わせてみると、この商品的・記号的空間に対して異議申し立てなり、あるいは人間的な理念を打ち出そうという機運が、これから徐々に盛り上がってくるんじゃないかと僕は思っているんですけれども。