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第1回
一番の中心は憲法

第2回
論憲は3年、5年目には改正に着手を

第3回
首相公選制で国民に直結した首相を

第4回
新保守自由主義が中心となる価値観

第5回
日本の将来展望は明るい

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(3/全5回)
2001.03.23

【第3回 首相公選制で国民に直結した首相を】
福田和也 首相公選制がかなり議論されるようになっていますけれども、この点についてはいかがでしょうか。

中曾根康弘 私は国民投票による首相が望ましい姿だと思っています。中曾根内閣はいわゆる大統領的首相の手法でやったのです。というのは、いまの憲法上の首相の地位も、アメリカの大統領より強いですよ。最高裁裁判長も閣議で推薦するとか、自衛隊の最高司令官になっているとか、国会の多数党の首領になっていればアメリカの大統領より権限は強いのです。

 しかし、それをよう使いませんね。それは吉田茂さんに罪がある。あの人は戦前の総理大臣のイメージが頭から消えきれなかった。つまり、天皇を上に置いて、同輩中の首席的総理大臣というイメージですね。だから「臣茂(しん・しげる)」と言ったわけですよ。そういう戦前の古い陋習の総理大臣というイメージを、吉田さんは持っていた。天皇の権威を維持するために、臣茂が一番いいのだと思ったのではないでしょうか。

 しかし私に言わしめれば、それが間違いなのです。主権はいま国民に在って、天皇ではないのですからね。総理大臣はそういう意味で、そうとうな責任と権限を持っている。だから、思い切ってやればいいのです。天皇は、歴史と伝統と文化による権威を持ち、首相は政治的権力を持つ。

 ところが、吉田さん以降の総理大臣が、みんな吉田さんの真似をして、「プリムス・インテル・パレス(同輩中の首席)」的な総理大臣になった。日本の内閣法もみなが連帯して責任を持つというものになっていて、首相の特別の権限というのは特には書いてないのです。最近少し強化しましたが。

 しかし、私はそういう内閣の規定やなにかよりも、国民世論を背景にして事実上の指導力で政治を進めました。それが大統領的首相ということです。「戦後政治の総決算」と称して、いろいろな審議会をつくって、民論を背景に政治をしたり、土光敏夫さんに臨調の答申を出してもらい、それに乗って行政改革を実行しました。

福田 国鉄の民営化もございますね。

中曾根 いろいろやったわけですが、それはある意味において大統領的手法なのです。私自身はそうやってきましたが、その後の総理大臣がそうではないのでね。

 首相公選を正式に憲法上決めて、そういう国民直結型首相にしたほうがいいと、そう私は思っています。私がこれを言いだしたのは昭和28年、キッシンジャー博士の宰領のもとに行われたハーバード大学のインターナショナル・サマーセミナーからです。それ以来一貫して言っていますよ。

 というのは日本はやがて派閥政治や利権政治に堕し、政治のスケールが小さくなる。そう思って予言したら、だいたいそうなっているわけです。それを克服するために、首相公選をやったらいいのです。

 天皇制と矛盾するではないかという議論が一つありますが、日本の天皇は歴史的、文化的な価値の、歴史的な蓄積の上にある。すなわち権威的、歴史的、文化的統合を行っている。それに対して、総理大臣というのは機能的統合、行政的統合、実務的な統合を行うわけです。

 日本の歴史を見れば、天皇が軍刀まで握って権限を使ったというのは景行天皇までと、あとは明治以降三代ですよ。プロシア憲法を採用したからですね。あとはだいたい将軍がやった。しかし、将軍を征夷大将軍に任命したのは天皇ですね。そういう二元構造で、歴史的、文化的価値は天皇がもち、事実上の政務の統合は将軍がやっていた。それと同じで、将軍の代わりを総理大臣がやるようなものですよ。

 だから、日本の歴史に戻るわけであって、天皇制と矛盾するものではないのです。明治憲法の天皇制、あるいは皇国史観からの影響を受けている者からは批判があるでしょうが、いまの憲法とそれ以後の状況を冷静に読めば、けっして矛盾するものではない。だから、首相公選制を憲法改正のときに取り入れたらいい。

 しかし、なかなかこれはむずかしいのでね。だから私は昭和28年にハーバード大学で主張したときから「これは不死鳥のようなものだ。何回も死んで、そして蘇るよ」と言ったら、その通りになってきましたね(笑)。今度はまた死ぬかもしれんが、10年後にはまた蘇るだろうと思う。そのときにはできるかもしれませんね。

福田 もう一つうかがいたいのは、公選制の議論とも重なることですが、やはりいまの政治家、財界人もそうだと思うのですけれども、戦略眼はもとより、日本の困難な状況を打破しようというエネルギー、パトスといいますか、意思の力がだんだん減退しています。

 現状維持で問題を先送りし……これは金融界が一番いい例だと思いますが、そのなかで自分の責任の範囲だけを何とか補填すればいいという気分が蔓延しています。
 先ほどおっしゃった文明病とも重なりますが、それを覆すにはどのようにしたらいいとお考えでしょうか。

中曾根 いま、日本全体が人材の端境期にありますね。戦争後小学校の教育を受けた、いわゆる団塊の世代以降、彼らは一番日教組が強い時代に小学校、中学校時代をすごして、その影響をかなり受け、勉強もあまりやらなかったかわいそうな世代です。大学で言うと全共闘ですね。その活動にうつつを抜かしたり、精神的影響を受けてきている。

 だから、基礎学がない。そのような欠点が、いま50代のトップ・リーダーに出てきているのです。だから、政界においても財界においても、ジャーナリズムの世界においても人材の払底というか、端境期の現象が出ている。

 ところが、30、40代になると、日本が生気を回復して、教育もやや正常化してきた時代をすごしていますからね。基礎学も勉強するようになってきた。だから、いま30、40代の諸君は国会で見ていても、だんだんしっかりしてきて、いいですよ。

 だから、私は望みを持っていますね。できるだけ早くそっちへ引っくり返していったほうがいい。そう思いますね。だから、80代と30、40代とが提携すればいいんだね(笑)。

福田 そうですね、私もちょうど40歳です(笑)。

(第4回 へ続く)

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