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第1章
18世紀とのアナロジー

第2章
「剛構造」がまねく業火

第3章
中国、ロシアという発火点

第4章
「人間の本性」に沿った世紀

第5章
日本のアイデンティティを見直す時

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中西輝政・福田和也(4/全5回) 2001.06.04

【第4章 「人間の本性」に沿った世紀】
■あてもなく進むイメージ
中西輝政 文化的な親近性とか、あるいは地理的なものとか、あらゆる条件が全部いわば均等に重層化されていくわけです。
 したがって21世紀の一番根本のパラダイムは何かといえば、掛け値なしの「人間の本性」に沿った世紀になるだろうと思いますね。

 ですから、だれもイデオロギーを信じない。あるいはだれも物質的な、技術的な解決に身を委ねるほどの合理精神も持ちえない。ユートピアニズムというものにも、だれも身を委ねようとはしない。

 ですから、物質的解決もなければ、イデオロギー的終局目標も人々は持たなくなりますね。終局観を持たなければ、必ず人間のエネルギーは萎えてきます。そういう変化が起こってきたときには、おそらくいろいろな可能性を、いわば本音の次元で人間が試していって、「あっ、これはダメだった、こちらはダメだった、こちらもダメだった」と。「じゃあ、なにをやろうか」というところで、いろんなものを楽しみながら、遊びながら、つまずきながらあてもなく進むというイメージではないでしょうか。

 どんなに技術文明が進んでも人間が宿命づけられている、大きな文明条件は変わりませんからね。ですから、そういう意味では、ヨタヨタと人間が進んでいくという大停滞の時代潮流のなかで、うまくどこかでたまたまバランスすれば、世界秩序もそちらへ行く可能性もあるかもしれない。

福田和也 エントロピーの低い世界とおっしゃったときに、ちょっと感じましたのは、要するに中国なりロシアがいまの単位では成り立たなくなっていくのではないかということです。希望的観測としては、中国は非常に活発なるいくつかの部分に分立し、それぞれがきちんとした単位として編成され生きていくという形はありますけれども、しかし一方日本にとって悲観的観測をすれば、中国全土が戦争をやっているのか、平和なのかわからない状態。すごく灼熱はしないけれども、常にもめていて、常に崩れている。なにも恒常なるものがないような、そういう秩序になってしまう可能性は非常にありうるわけですね。

中西 それは非常にありますね。そしてそのパターンは、20世紀もあったわけですね。1911年から1949年までの40年間の中国がそうでした。しかし、あのときはナショナリズムなり、あるいはマルキシズムという秩序の端緒はあったわけですね。

 それがなく、中国が文字通り混沌のなかに入ったときにはどうなるのか。そのときは日本にも飛び火しますからね。ですからそれはやはり各国で管理していく必要があるのですね。ロシアは新疆、あるいはいわゆる旧満州あたりを管理するとか、あるいはインドにはチベットを管理してもらわなければ困るとか。

 そういうことも、主権国家の自立性という神話さえ取り払えば、簡単に実現可能なシナリオになりうるわけです。

 これが21世紀の30年代とか40年代、すなわち21世紀の深いところ(deep into 21century)で起これば、このときは一挙に主権国家秩序の意味合いが崩れてくる。そして新しい帝国秩序とでもいうものに、一気に結びついていく可能性がある。そのときには、中国大陸はまさに「なんでもあり」という世界になっていくのではないでしょうか。

■「民族自決」神話の崩壊?
福田 「民族自決」というのは、20世紀の一つの神話だと思うのですが、それが世界秩序を構成するためにかえって非常に邪魔になってくるということですね。これはたとえば、中東とかアフリカにも同じようなことが言えるのではないでしょうか。

中西 おっしゃるとおりです。中東の場合は、明らかにもともと主権国家からなる秩序を適用するのがムリな地域ですから。文明的にも歴史的にもアラブ圏、ペルシャ圏、トルコ圏と3つぐらいの「帝国圏」しかないのですからね。それがいろいろな国家になってしまった。

 ですから、一番恩恵を被るのは私は中東だと思います。主権国家原理を人類が放棄し、そのことが一番積極的な意味を持ってくるのは中東でしょうね。そして、おそらく中国だろうと思いますね。ヨーロッパははるかに複雑で、それを放棄すれば失うものも非常にたくさんありますから。そして日本は、いくらこれを放棄しようとしても、どうしようもありませんね。

福田 地理的に。

中西 日本は地理的にも、文明的にも一国家一単位になっていますからね。言い換えれば、主権国家原理でできあがっている国ではないですからね。日本は「自然国家」と私が呼ぶ存在ですから、他とひっつきようがありません。いくら寂しくても日本はつねに一人で生きてゆくことが宿命づけられた国だと受け入れることです。

 いずれにせよ、21世紀のどこかの時点で、この「主権国家の自立性」という原理を、もはや捨てましょうということになってこざるをえないのは、十分予測できますね。そのときに、中国、ロシア、中東、アフリカなどは、まさに混沌たる大停滞の地域となりますね。そうすると文明や芸術は花咲いて、人類社会の歴史にもなかったほど、文化的には非常に豊かな可能性が導入可能になってくると思うのです。

福田 21世紀にそれができれば、22世紀、23世紀あたりに実を結ぶかも知れないということですね。

中西 そうですね。

(第4章 終)

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