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第1章
「破壊」とその後の「空虚」

第2章
植民地解放の真の意味

第3章
アメリカ文明とはなんだったか

第4章
戦争を失った世紀

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中西輝政・福田和也(1/全4回) 2001.05.22

【第2章 植民地解放の真の意味】
■ある種の二重のねじれ
福田和也 それからイギリスが失った帝国の問題ですね。これは言い換えれば、もう一つの大きなトピックスとして、20世紀は植民地が解放された世紀でもありました。これは日本が本当に大きく関わっている問題ですが、アジアを中心とする植民地がいちおう解放されたということがどういうことなのか。そのことはいかがお考えになりますか。

中西輝政 後世22世紀ぐらいの歴史家が20世紀の歴史を書くときに、一番大きな出来事は何であったと考えるでしょうか。第一次世界大戦、第二次世界大戦、冷戦、あるいは技術文明の変化などいろいろ言いうると思います。

 しかしやはり一番大きなことは、植民地支配が、それこそ大航海時代から 300年 400年の長きにわたって続いてきたにもかかわらず、20世紀のある時期に劇的に、そして日本という存在を介して、ほとんど 20、30年のスパンで全部終わってしまったということではないでしょうか。そしてその後は世界が、基本的にすべて主権国家、国民国家になったということです。じつに大変なことなんですね。

 逆に言うとおもしろいことに、特に日本では「21世紀はボーダーレスの時代」だとか、国家が意味をなくしていく時代だという掛け声が盛んですが、しかしよくよく考えてみれは、20世紀、つまりわれわれに一番近い時代の世界史的に一番大きな出来事が、まさに世界中が国家に分立していったことなのです。これがつい昨日どころか、まるでつい今朝起こっているような話なんですね。そしてそれに日本は自らが大きく関与したことを忘れている。

 ですから、21世紀はむしろ、「国家からなる世界」というものが最も強固に根づく時代ではないでしょうか。植民地解放によって、みな国連の加盟国になり、まだどんどん増えて200カ国 以上になりつつあります。

 それは私に言わせれば、西欧近代というものが近代主権国家体制とは別のもう一つの本質として持っていた、植民地支配という「歯止め」がばらけたことによって、西欧近代がつくった地球世界が、実はある種救いのない二重のねじれの時代に入っているということなのかもしれませんね。

福田 二重のねじれとおっしゃるのは、国家のモデルというのは結局文明的には近代国家のモデルしかないわけです。だから植民地が解放・独立したあと実際にできているのは、近代西欧の……言葉は選ばなければならないのですが、「あまり出来のよくないモデル」が世界中に繁茂しているというような意味でしょうか。

中西 おっしゃるとおりです。ですから、ある意味ではその西欧近代の排泄物みたいなものが世界中に広がった現代国家なのでしょうね。それが世界中にばらまかれてしまった。

 たとえば大英帝国の植民地が一斉に一つの単位として本国から独立するならいいのですが、粉みじんになって独立してしまった。これはバベルの塔ではありませんが、人類が近代文明に淫した結果として一つの懲罰を受けたという印象を受けますね。

 国境線を引きなおすと言っても、インドとパキスタンの間に引かれた国境、これはいま核兵器で支えられているわけですから、ボーダーレスにするといったら核戦争になりますね。だから、この20世紀が残した西欧近代に発する「呪縛性」の深刻さというものをもう一回きちんと考えないと、簡単にボーダーレス世界だなどと論じられると、これはあまりに無謀かつ無責任な言説だと言わざるをえませんね。

■ナショナルな単位の復活
福田 第一次世界大戦にはいくつかのテーマがありますが、一つは民族自決の問題ですね。あのとき、たとえば左翼的な考え方からすれば、労働者はドイツの労働者もフランスの労働者も被抑圧階級として同じであり、銃をとるわけがない。左翼がそう主張していたら、フランスの労働者もドイツの労働者もゼネストをしないで、みんな兵舎に行った、と。

 あるいは、最近流行の議論と重ねて言えば、たとえば資本において、ドイツの鉄道の債券を一番持っているのはイギリスであるとか、商業の国際化が進んで資本の持ち合いが進んでいるから戦争は起きるわけがないと言われた。ところが結局、資本においても、民族性、あるいはナショナリズムというものに、まったく歯が立たなかった。この点もおっしゃるように、まだまだまったく解決していない問題ですね。

中西 おっしゃるとおりです。たとえばアジアに目を移しても、岡倉天心がまさに今世紀の初め「アジアは一つ」と言ったわけです。しかし、実際、植民地になっていたアジアの国々がみんな独立してみたら、決してアジアは一つではなかった。アジアはバラバラの国々からなる一つのモザイク地域だということは、政治的にはほぼいま実証されつつある。

 いろいろな単位をアジアでつくろうとしたけれども、いま起こっていることは、ASEANでさえバラバラになりそうだということです。東南アジアの非常に近い地域であり、経済的にも発展段階が非常に近似してる、そのASEANでさえそうなのです。ミャンマーとシンガポールは一緒にやっていけるわけがありませんし、おそらくベトナムとフィリピンもそうでしょう。まったく別の国として、21世紀にはそれぞれ大きく乖離していかざるをえないでしょうね。

 結局、何がそうさせるのか。20世紀の初頭から 100年たって、岡倉天心の出した問題をもう一回突きつけられているような気がするんですね。しかももっと深い意味で。
 つまり、西欧近代に抑圧されているアジアというのは、逆に共通していたのです。先ほどおっしゃった、資本家に搾取されているヨーロッパの労働者たちは、国境がないというのと同じ意味合いだったんですね。

 ところが、ヨーロッパの労働者が少しずつ解放され、福祉国家になってきたら、まさしくナショナルな単位が非常に重要になってきた。フランスはフランス労働者の福祉政策、ドイツはドイツの労働組合員の権利、とこうなってくると、いくら未来志向を願っても、EUの未来はやはり閉鎖、ボーダーを本質としたものとならざるを得ないでしょうね。

 その他の地域からヨーロッパの中に移民が入ってこられない。移民の問題は、いま一番シャープな問題ですよね。ところがEUが生まれる前にできた福祉社会というものは、移民を受容できない社会になってしまったんですね。

 ですから、ヨーロッパ人がいま一番排外的なのです。19世紀から20世紀初頭のナショナリズムにはもっと理念とか理想、将来像、ビジョンに関わるものがあったのですが、20世紀がつくり上げた最もナショナルなものは、まったく物質的な現状維持という意味しか含みを残さなくなってしまった。

 一方アジアについて言うと、西欧に抑圧されるアジアは一つだったのですが、西欧が帰って独立してしまうと、それぞれの国のちがいがはっきりと前面に出てきている。こちらのほうは、むしろ逆に、福祉社会に達していないがゆえに、一層「ナショナル」なものへ向かわざるを得ない。

 またイデオロギーがなくなってきて、儒教や仏教の伝統を持つベトナムの 7千万の人が、いかに近代を通り越してきたとしても、カトリックのフィリピン人との世界観はまったく相反してしまう。おそらくヨーロッパ人と中国人ぐらいの差が、フィリピンとベトナムの間にいま、世界観や価値観、人生観では起こり得るわけです。

 ですからこの両者を見ていると、アジアがバラバラになりつつある現状とヨーロッパがいま陥っている状況というのは、やはり近代が始まる前に戻ってきているということではないかと思うのですね。

 ヨーロッパは細分化していけば、要するに昔の中世的、封建的な特権を守るだけの単位であったヨーロッパの各地方秩序に戻っていくのです。むしろ、封建都市が広がったのがいまのヨーロッパの国家であって、これが一応近代国家という過去の遺産の上に立っているので、いまの国境になっているだけですから。

(第2章 終)

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