【第2回 明確に保守の立場を】
○福田和也 政治、国際環境、そして精神の問題という、その3点について、具体的な見通しをお教えいただければと思うのですが、まず政治については、これはどのような形に収斂するべき、あるいはすることによって一種の「パワー」としての日本が構築できるとお考えでしょうか。
●中西輝政 残りの2本の柱を再生させ、しっかりとした柱に建て直す方向はなんであるかと考えていけば、答えはおのずと出てくると思うのです。そこで大切なことは、まず今、「何が可能か」というところから考えるのをすっぱりとやめて、本当のところ何が必要かを考え、そのためならどんなことでもする、という大きな腹のすえ方が大切だということを言っておきたいのです。
そこでまず第一に、国際環境で言えば、日本が自立してみずからの主張と国益を追求できる制度や能力を備えてゆくこと。それと共に国際社会において日本が本当の意味での貢献をする決意を持つこと。そしてもっと大事な、日本人の精神性の回復ということですね。
この三つを実現するには、やはり政治が本当に、これまでの日本政治にはなかったような大きな結集力を伴って、国の大きな方向づけをして、戦後日本の大転換を果たしていくことが必要です。そしてそれを実現できるのは、まさに「政治の意思決定」というものが、どんな場合でも最後の手立てだと申し上げていいでしょう。
以上を順番に考えていけば、答えは出てくると思うのです。
まず国際社会の中で日本がみずからの足で立つためには、やはり基本的に安全保障においても、大きな意味での自立の方向を目指しうるようなプログラムを持った、脱戦後的な政治理念が当然必要になってきますね。それは当然ながら、同時に外交においても、冷戦後の国際社会の深い現実を見抜いている政治の路線とリーダー像が求められてくるでしょう。
つまり、いわゆるグローバリズムや国際協調の必要性を踏まえつつも、やはりそこで日本の自己主張をより明確な形で訴えられる迫力と構想力が不可欠です。その手立てについても、憲法はじめ戦後回避してきた決断に速やかに踏み切って、その正当性を国際社会に訴える。そういうことのできる政治でしょうね。
「政治のリーダーシップの確立」がこれまで安易に言われてきましたが、本当にそれを求めるなら生半可なことでは済まないということを知るべきでしょう。
まず何をおいても「日本のアイデンティティ」を回復するということが求められるはずです。これまでの「政治改革」といった議論では甘すぎた、ということですね。
このアイデンティティの回復とは、「自己主張する日本」あるいは「ナショナリスト・ジャパン」を堂々とカミング・アウトすることでもあります。その上で先進国として戦略的な能力、手腕の持ち主としての日本になることですね。「手腕を持った日本人、それから心を持った日本人、そこで初めて自立できる日本」、ということになります。
こう考えてくると、結論は明白ではないでしょうか。日本政治の文脈で言えば、21世紀型の敏捷かつ大きな目で世界を見据えつつ、保守の立場を明確に打ち出す勢力でなければならない――私は明らかにそういう結論が見出せると思います。
ここで言う「保守」とは、戦後を超えて「日本としての正統を主張すること」と定義できます。正統と異端がせめぎあうところにダイナミズムを生み出す源があるわけですが、今の日本政治にはこの「正統」としての保守、国家に殉ずる保守という面があまりに欠けているのではないでしょうか。
今日の日本で求められているものは、あるいはこの20年を通じて日本人がなくしてきたものは、国としての「自信」というものでしょうね。国としての自信が崩れてきたから、自分の社会的な位置づけへの自信、みずからのキャラクターへの自信もおかしくなっている。こういう自信を回復することが今の日本として非常に大切でしょう。
そして2つ目には、行動つまり決断への活力を再生することでしょうね。
3つ目には、これまではっきりと日本人の中にあったのに、急速に90年代に崩れているもの、すなわち「規律」とか「自己犠牲」の精神というものを回復していかなければならない。
そして、これはみんな保守の仕事なのですね。
「戦後の日本も自民党という保守がずっと担ってきたじゃないか」と主張する方もあるでしょうが、しかし戦後という時代は、日本という国はトータルに見れば戦後リベラリズムによる実験国家であった。
その実験の基本になったのが、たとえば憲法第9条ですね。軍備を持たない国が、この世界の中で生きていけるのかという実験をしていた。
あるいは教育基本法ですね。国としての、あるいは国民としての個性は一切無視して、とにかく「自立した個人」とか、世界平和とか、国際的な協調ということを重んじるキャラクターのない「市民」なるもの。そういう無色透明の、どこの国の国民なのかわからない国民をつくってきた。これは教育基本法のいちばんの罪ですね。それでも、はたしてその国の文化は崩壊しないのか。そのような実験をしてきたんですよ。
しかし90年代に、大体その答えが出てしまったわけです。文化はやはり崩壊するのです。使いうる軍備をもたない国の安全は成り立たないのです。
したがって、実験国家という試みに、失敗という答えが出た「戦後」というものを、今どうしても乗り越えていかねばなりません。これが21世紀日本の保守でなければならない。
その保守は当然新しい保守でしょうけれども、それは米欧的な意味の「新保守」という以上に、「日本」を強く打ち出す保守、日本の新しい保守でなければなりません。その勢力ができあがれば、当然対抗勢力としてのリベラルなり、革新という勢力を生み出し、日本政治はもう一度機能し始めます。
私はできればその過程をこの先10年、つまり2010年ぐらいまでに完了してしまわなければならないと思うのです。その頃までに、日本に対するもっと大きな「嵐の季節」がやってきますから。
○福田 その「嵐の季節」ということとも関係があると思うのですけれども、そして先ほどおっしゃった第2本目の柱とも密接に関係していますが、現在の国際情勢は、特に地政学的に北東アジアを中心に非常に大きく、ダイナミックに動いていると思うのです。この情勢の中で日本が、ただみずからの立場を守るだけではなくて、おっしゃったような自立した国として成り立つべき条件、あるいはそれに必要な国際戦略というのは、どのようなこととお考えでしょうか。
●中西 この6月から始まっている朝鮮半島をめぐる一見「季節はずれの動き」ですね。これに日本はどう関わっていくべきかを考えれば、日本が「パワー」になるためにはどうすればいいのかが、具体的に出てくると思います。
南北の接近が意味するものはなんでしょうか。明らかにこれには次のような底流があります。まず中国の新しい膨張志向が背景にあって、そしてその中国が北朝鮮の金正日政権にはっきり支援を確約した。
そこで北は一定の開放的な外交が可能になり、金大中政権――ちょっと性格のよくわからない政権ですが――を巻き込んで、中朝韓が日米に対峙する一つのグルーピングを図り、一緒に連動して動いてきている。
中国にすればこれには、大きな国家戦略がかかっています。というのは、台湾問題とかチベット問題で、中国は明らかにアメリカに押し込まれてきました。
台湾では民進党という、独立を掲げる政党から陳水扁総統が生まれた。これで日本を取り巻く周辺情勢の原点としてはっきりしたのは、台湾住民が大陸とは一緒にならない、大陸の現状が続く限りゆくゆくは独立しかないんだ、ということを明確に意思表示したということです。
そういった台湾情勢、あるいは腐敗の蔓延や法輪功問題など国内の社会的な崩れ、チベットや新疆を見てもそうですが、北京指導部が非常に追い込まれた状態になってきつつあるわけですね。国内政治の不安定化も背景にあります。
ですからそれを外に押し出すことで、巻き返していかなければならない。そのときアメリカとの関係において、非常に有利な格好で対抗、牽制ができるのは朝鮮半島なんです。そしてその朝鮮半島で、特にアメリカの力の源泉になっているのは在韓米軍ですね。もう少し広げれば日本にいる在日米軍です。
中国としてはこの存在を、少しずつ中性化(ニュートライズ)していきたい。中性化というのは単なる表現で、撤退せざるをえないような国際情勢をつくりだしていこうと狙っているわけです。これは中国が90年代を通じてずっと追求してきた考え方です。
一方、中国は90年代を通じて軍備予算を4倍にしました。これは中国政府の発表の数字ですが、10年間で4倍になった軍拡というのは近代史でもあまり例がありません。
それが何を意味するかといえば、アメリカは世界における超大国であっても、しかしアジアでは中国がナンバーワンの発言権を持つということをアメリカに認めさせていく。アジアにおける超大国は中国であるべきだ、と、こういう発想なんですね。