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第1回
崩壊した3つの柱

第2回
明確に保守の立場を

第3回
対外姿勢の原則とは

第4回
教育問題の核心とは何か

第5回
真の国際化とは

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(1/全5回) 2000.11.06

パワー・ポリティクスへの感性なき国際政治論に意味はない。
『大英帝国衰亡史』、『なぜ国家は衰亡するのか』などの著書でも知られ
世界史的視野から現代日本を洞察する中西輝政京大教授に、
いま日本人が自覚すべき戦略を大いに語ってもらった。
                聞き手:本誌特別編集委員 福田和也

【第1回 崩壊した3つの柱】
福田和也 衆議院総選挙の前に一度お話をさせていただいたとき、「これから19世紀的な大国間競争の時代が始まる、それに対して日本はどのように臨むのか」という問いかけをいただきました。その後『正論』10月号で真珠湾攻撃のときのアメリカ側の諜報問題を主眼としながら、「日本が大国として生き残るためには、そして強国の道を歩むためには、並々ならぬ覚悟が必要だ」とご主張されていましたが、まず最初に日本が今後「強国」として、あるいは世界政治、経済、文化のプレーヤーとして生き残るには、何が必要なのかをお話しいただければと思います。

中西輝政 これからの日本の目標は、要するに、英語でいえば「パワー」になるということですね。ビカミング・パワー(becoming power)。この場合のパワーというのは、「普通の国」という意味ではなく「強国」、すなわち世界の一極を成す国ということです。

 つまり経済のグローバル化とともに政治的には多極化していく21世紀の世界で、日本はそうした極の一つにならなければならないのです。端的に言えば、世界あるいは人類社会全体の中で意味のある方向づけを与えることのできる、そういう力、影響力を持った国という意味なのです。

 そしてこの「パワー」には「力」という意味と、それから「国」という意味もあるわけです。ですから強国という概念は、一定以上の力と影響力を持っている独特の立場、地位を表わしているわけで、この地位に即して自己主張を明確に出してゆく。これが21世紀の日本が世界で目指すべき目標です。

 日本がそうならなければいけないのは何故かといえば、一つにはもう日本人がどれほど嫌だと思っても、すでにそうならざるをえない強い潜在力のある国になっているからであり、そしてもう一つには、そうなることによって日本の国としての理想を世界に、あるいは人類社会全体に及ぼしていくことができるわけですから、意図してそうならなければならないという理由がありますね。

 すなわち、必然という意味でも使命という意味でも、日本は「強い日本」そして「使命感のある日本」にならなければいけないわけです。しかも、それを目指さなければ、国というものは必ず立ち枯れてゆくのです。

 その意味で戦後の日本は、「経済大国」とみずから称してきましが、この経済大国という言葉の背景には、「何かになってはいけないけれども、これなら許される」という意味合いが含まれていたのではないでしょうか。そのような意味でわざわざこの言葉が使われてきたと思うのです。

 世界の歴史を見たとき、「経済大国」という、そういう言葉がはたしてあったでしょうか。日本が登場する以前に「経済大国」という範疇はなかったように思います。そのような事実から考えても、経済というものを独特の目で見ている視線が感じられますね。

 昔キッシンジャーがこう言っていました「経済大国になれば必然的に政治大国になるし、また軍事大国にもなる。そういう可能性が増すのだ」と。これはある意味では世界の歴史上においてすこぶる常識的なことを言っているし、また論理的に必然的なことを言っているわけですね。

 このように考えてくると、「何かにはならない」というように、条理を逸脱することを続ければ、必ずその国は立ち枯れてしまうでしょう。そのような大きな流れの中で、90年代の日本の挫折を考えていけば、正しい答えが必然的に浮かび上がってくるように思います。

 すなわち「何かにはならない」というように、みずからの可能性を断ち切ったその路線が、90年代の日本を経済においても大国たりえなくしている大きな背景ではないかと私は思います。そしてこの問題は、今の日本が戦後一点張りでやってきたその経済で挫折している、この隘路をどう乗り越えていくかについて考えるときにも、非常に重大なヒントを与えているのではないでしょうか。

福田 つまりこの経済の行き詰まりを逃れるには、60年代からあったいわゆる「町人国家論」とか、そういった形での視野の狭さを乗り越えていかなければならない。そして別のタイプの国のデザインというものをつくりあげていかなければいけない、ということですね。

中西 そうですね。たとえば足もとを振り返ってみましても、この90年代の日本経済の落ち込みは、私は経済だけの落ち込みではないと思いますよ。

 むしろ経済そのものはそんなに深刻に落ち込んでいない。それよりは、政治の落ち込みのほうが激しい。さらにそれよりは社会、教育、あるいは国民の精神状況、そういうものの落ち込みのほうが甚だひどい。あるいは文化の落ち込みもそうですね。

 それにくらべると、まだ日本の経済はかなりしっかりしたところが、さすがに残っていると思っています。むしろ本当に考えなければならない問題は、次のようなことではないでしょうか。

 経済の繁栄を支える大きな柱というのは、どのような時代のどこの国でも、おそらく3本柱ぐらいあるだろうと思うのです。そしてこれは普段は目に見えないものなのですが、経済そのものが決定的におかしくなったときには、必ず見えてくるものです。

 その3本柱のまず1つは、やはり政治、すなわち国としての自己決定能力ですね。政治家がやるものとは限りません。国民が大きな意思を持って、それを政治の中に反映していくことのできる、そういう広い意味の政治ですね。

 それから柱の2つめとして、安全保障などを中心にした、いわゆる国際環境への対応力が非常に大事ですね。

 それから3つめとして、社会全体の精神的な力です。今の日本でいえば、その衰弱は教育問題に端的に現れていて、そこには非常に深刻な意味があると思います。そしてこれはなにも子供の教育だけの問題ではない。大人においても何か決定的に崩れつつある精神要素が、経済や政治の落ち込みの背景にある。むしろそれが露呈してきて結局経済の不調や政治の混迷に通じている。さらには国全体のリーダーシップの極端な低下に反映している。

 この3本柱、特に3番目の柱が90年代日本で大きく揺らいだのでしょうね。そして揺らいだのには、やはり必然性があると思うのです。それは「経済大国」という最初の目標の立て方が、そもそも間違っていたということです。

 間違っていたにもかかわらずそれが一定期間続けてこられたのは、戦前あるいは明治以前に遡ったところから続いてきた、非常に大きな日本の力があったからでしょうね。遡ったところから続いてきた歴史の力、文明の力、精神の力、文化の力、こういうものが戦後の高度成長、経済大国の道をも支えていたのでしょう。

 もうひとつ、冷戦構造という国際環境がそれを助けていましたね。アメリカに依存していれば、安全保障や外交など国家戦略的な問題はすべて避けて通ることができた。戦後日本では、それらをみんなアメリカにおっ被せることができました。

 さらに政治においても、55年体制は決して褒められた体制ではありませんでしたが、長期安定という意味においては、戦後的な文脈ではあるけれどもたしかに経済の発展を支えた。その意味では90年代の日本政治よりも、はるかに経済の、あるいは社会全体の安定にとって、積極的な意味は見出せたと言っていいでしょう。

 と、このように考えてくると、政治、国際環境、そして精神の問題という、この3本がすべて崩れてしまっていることに気がつきます。そこが崩れていることが、たとえば手短かにわかりやすい一例として、90年代の日本経済の挫折といった現実に表れているにすぎないのではないでしょうか。

 大きくはその3つに要約されるでしょうが、私は、特に精神面の崩れ、これが結局はあらゆる問題の原因であり、また帰結するところなのだと思っています。

(第1回 終)

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