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2001.03.16

 巨大な近代国民国家における政治は、いかなる政体を採ろうともフィクショナルであり、ヴァーチャルである。
 まずこの事実を認識しておく必要がある。

 首相の「資質」が問われているなどと、政治ジャーナリズムは批判する。
 だが、直に首相と付き合い、その「資質」を判定できる者はごくわずかであり、一般の国民は「本当のところ首相がいかなる人物なのか」を問うてなどいない。
 メディアにどう映っているか、発言がどのように報じられているかだけがいま問い質されている「森喜朗」のすべてだと知れ。

 彼は自分の幻像を上手にコントロールすることができなかった。メディアのなかの自己像をうまく認識し、評価することができなかった。それが決定的な敗因である。彼が何を為したか、為さなかったかは問題ではないのだ。森氏が国会答弁中漏らした「最近、私は新聞を読まないことにしている」という「愚痴」は彼の本質的欠陥を直示している。

 メディアは政治の主戦場である。
 これはいまにはじまったことではない。一般国民の国家意識は、煽情的な醜聞報道と戦況報告を主たる「売り物」としたナショナル・メディアによって醸成された。わが国では『万朝報』や『ニ六新報』が近代日本の国民的アイデンティティの揺籃となった。諸外国の事情も似たり寄ったりである。近代国家における政治は、元々メディアの中にしかなかったのだ。

 タウンミーティングが可能な規模、顔のみえる範囲のコミュニティの政治ならば、リーダーの人柄や態度や真情や機知などが生で伝わり、政治的な力となるかもしれない。実際、根本的な意味での「民主主義」が可能なのはこの程度の大きさの共同体までだ。国民国家の「民主主義」はセレモニアルである。

 かつて自由民主党は、マスメディアというチャンネルの他に、民意を直接汲み上げ、それを政策に反映させる太い回路を有していた。
 いうまでもなく網目細かな地方組織のネットワークがそれだ。
 ところが地方でも「意識の都市化」が不可逆的に進行し、地域コミュニティや職能集団、労働組合などの羈絆力が急速に低下した。

 同時に経済のグローバル化に伴い、地方に根づいた農業や軽工業、不振の中小企業や小規模商店街などを厳しい競争と淘汰に曝し、事実上切り捨てる政策を採らざるを得なくなりはじめた。
 この構図は80年代から90年代半ばまで続いた「コメの輸入自由化」問題にすでに表面化していたが、自民党は自由化のインパクトを緩和する様々なバッファを設けることで矛盾を弥縫したのである。

 しかし、ついにその矛盾が露呈しはじめたのが、90年代の終わりから今日までのグローバリゼーション、規制緩和の流れである。(KSD問題もまた、こうした状況より派生したことを忘れるべきではない)

 規制緩和政策を推進すればするほど、旧自民支持層は無党派に融解していく。規制緩和策を潜在的に支持している都市住民は基本的に無党派色が強く、メディアの情報に左右され易い。いずれにしても旧態の自民党では支持を呼び込むことが難しくなってきている。

 民意を汲み上げ反映させる直接の回路が断たれつつある現状を鑑みれば、自民党は都市型無党派層の支持を積極的に取り込む政策理念提示型の保守政党に脱皮する必要があった。
 しかし既得権益保護に固執する執行部はこの脱皮を徹底的に阻害したのである。

 所謂「加藤の乱」とは自民党像をめぐるヘゲモニー闘争であったと評価できよう。「乱」を起こした加藤紘一氏が永田町の根回しよりも、メディアを通じた見解の発信を優先したのはまことに意味深長である。結果的に加藤氏は敗北を喫したが、この戦いは後進に鮮烈な印象と強い影響を残すと思われる。

 現状では衰退しかないのに自己変革もままならない。求心力を失った自民党はもはや歴史的使命を終えつつあるようにみえる。
 その負性を一身に引き受けたシンボル的存在が他ならぬ森喜朗氏なのである。彼は最後の「自民党らしい」総理大臣となるかも知れない。

 これからの指導者は、リベラルはもとより保守の側も、メディアを通じてメッセージを発する者としての強烈な自覚が求められる。 加えて端正な容姿、明解で論理的な語り口、冷静沈着で余裕ある表情、克己心と寛容さを示す物腰などが必須の条件である。むろん、専門家に話し方、身の熟(こな)しに関する指導を受けて弱点を補っても構わない。

 素朴な人は「政治家は役者ではない」と違和感を抱懐するだろう。
 だが、政治がフィクションに他ならない以上、政治家を政策を語る役者と看做した方が実情に近いのではないか。

 客席には一昔前のように組織によって動員された団体客の姿は見えない。森首相はあまりに古臭い演技しかできない大根役者であったために、激しいブーイングでもってステージから追われようとしている。

 だが、楽屋に控えている役者が大根ではないとは限らない。
 こうして田舎芝居は幕を閉じる。
 次の演目はブロードウェイ直輸入という触れ込みなのだが……。

(終)

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