日本経済はなお危殆に瀕しているとの声が絶えない。
然り、わが国の経済は自律的な立ち直りの気配を少しもみせていない。それどころかいつ再び「奈落」を見に行ってもおかしくない予断を許さぬ状況である。ところが官邸周辺や与党幹部は最近頻りと「景気が本格的回復の軌道に乗るのは時間の問題」との観測を意図的に流すようになってきた。
しかし、誰もそんな言葉を信じてはいない。もしそうならば、なぜ量的金融緩和やペイオフ解禁の再延期といった「緊急避難」的措置がいまだに公然と求められるのか。まったく説明がつかない。
これには裏がある。与党と金融当局は先送りスキームを総動員して「3月危機」を何とか回避しつつある。KSD疑獄と機密費流用問題という足下の地雷の炸裂に加えて金融パニックが起これば、政権はもう保たないという強烈な危機感が働いているためである。
これで株価さえ上向けば「7月29日」は辛くも乗り切れるのではないかというのが与党筋の希望的観測だが、官邸周辺以外は誰もそんなシナリオは信じていない。
現状のまま事態が推移すれば、仮に野党に目立った戦功がなくとも特段の失策さえなければ、参院選で与党は潰滅的な打撃を被る可能性が高い。
与党は二つの戦術を目論んでいる。だがそれがかえって日本政治を危地に追い込む虞(おそれ)がある。
第一は野党の失点探し。とくにスキャンダル関係である。
かつて民主党の菅直人氏が醜聞疑惑によって大きなダメージを受けたという「過去の実績」もあって、主に民主党議員を標的にしたアラ探しがはじまっている。玉石混淆の寄り合い所帯であり、若手議員も多い民主党には探られれば「痛い腹」を抱えている者がいないとは限らない。
もしもこれが奏効し野党が汚穢(おわい)に塗(まみ)れるようなことがあれば、与党は選挙で辛勝するかもしれないが、投票率は劇的に下落し国民の代議制度全体への信頼は修復不能なほどに傷つくだろう。
第二は与党の大衆迎合主義。
恐らく自民党は先(2000年6月)の衆議院選挙まで、多少揺らいでもまだ保守の支持基盤は磐石だと観測していたと思われる。ところがその地殻には、都市部を中心に巨大な亀裂が走っていた。いまや支持政党を持たない有権者層が全国的に主流になりつつあり、日本の政治意志形成はかつてないほどヴォラティリティが高くなっている。田中康夫・長野県知事をはじめとする「無党派」の相次ぐ勝利はこの風潮を象徴するものといえよう。
かかる状況を踏まえて、牢固な支持層を失った自民党はあえて大向こう受けのする政策を次々と打ち出すことで新たな支持層を掘り起こし、野党への支持をできる限り切り崩そうと躍起になっている。
そこで「景気最重視」「株価対策」「IT立国」「教育改革」といったポピュラリスティックな大看板の下で、次々と「政策」が打ち出されているが、どれも長期的な展望や根本的問題解決に導く深慮を欠いており、成り行き任せの弥縫(びほう)策や内容空疎な幻惑策に終始している。
致命的なのは、そうした近視眼的、モルヒネ的な「政策」が政治家の現実感覚をますます麻痺させ、国民をジャンキー化してしまいかねない点だろう。
大衆世論への迎合は保守の自殺に繋がる。自民党は統治能力を失い続けている。
この堕落傾向に強い制動を掛けるのは、いまのところアメリカ、ブッシュ政権による「外圧」しか考えられない。だがブッシュ政権の首脳陣は自民党の現執行部をあまり信用していない。むしろ非体制派の加藤紘一氏や鳩山由紀夫氏の方を組するに相応しいパートナーと認定する可能性が大いにある。
政治とは国家、公共体の自己(再)組織化機能の別名である。とすればこの国からは既に政治が滅失している。永田町の住人だけがそのことに無頓着で、ひたすら「我が亡き後に洪水来たれ」という無責任だけが横行している。
たとえ金融の「3月危機」や政治の「7月危機」を辛くも凌いでも、危機の本質にはまったく変化はない。状況が一層悪化するだけだろう。