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1 : 中西輝政
他人事でない堕落

2 : 宮崎哲弥
「熱い」選挙の果てしないツケ

3 : 福田和也
FIASCO<野心的な企みと滑稽な結果>

4 : 日下公人
大人になるか、子供のままか

5 : 片岡鉄哉
パックス・アメリカーナ、終焉の危機

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2000.11.21

危機に直面したときこそ、本質が浮かび上がる。
この予想外の出来事が意味する核心は何か?
今週は5人の論客の緊急寄稿を掲載しています。

 アメリカは変質した。クリントン時代に入ってそういう獏とした気配を感じた。

 その後半期にはますますその様相が顕著になったと思った。

 このたびの大統領選挙騒動は、この漠然とした印象を裏付けるものではなかったのか。 すでにアメリカのメディアでは、ブッシュとゴアのどちらが辛勝しどちらが惜敗しようとも、正当性問題にはケリがつかず、国論の分裂は後を引き、政権の弱体化は避け難いであろうとの見方が大勢を占めている。

 しかし、分裂したといういまのアメリカの国論とは一体何だろうか。

 そもそもこの選挙戦で、アメリカ国民は何かを選択したのか。

 選挙は確かに大接戦だった。しかし、かの国民がこの選挙の結果に大きな期待を寄せていたわけではないことは、50%そこそこの投票率をみれば一目瞭然である。

 ブッシュ・ジュニアはコンパショネートな保守という、いささか共同体主義的な看板を掲げた。しかしその政策の内実は、一律減税を主眼とした「旧態依然たる新保守」そのものであり、新味のなさを有権者に見透かされた。

 対するゴアの目玉政策も医療制度の大幅な改革という、いわば民主党リベラルの既定の路線を不細工になぞるものしか示し得なかった。

 新味に欠けるだけではなく、ダウやナスダックの動向にしか社会的関心を持たず、グリーンスパンをこそ真の支配者と看做していかねない大多数の国民にとって、たいして大きな問題とも思えない争点を軸に戦われたのが今回の選挙だったのだ。

 しかし歴史を司る神はとんでもない皮肉を配する。

 このプロセスにおいてまったく「熱のない」選挙が、結果において大統領の権力の正当性を根本から疑わしめるような「熱い」選挙と化してしまったのある。

 デモクラシーとは芝居のようなものだ。
選挙は統治者の権力の正当性を内外に宣明する儀礼に過ぎない。

 だが、王制において血の正統性が疎かにできない重大事であるように、民主制においては公正な手続きで選出されたか否かが、その政策や手腕、力量とは無関係に問題となる。もしそこに瑕疵があれば民主制という芝居は崩れる。

 芝居は客席をしんと静まらせることからはじまる。だが一旦芝居が崩れ出すやもう観客を黙って座らせておくことはできない。いまのアメリカの混迷は野暮な田舎芝居やヘボ漫才に近い。(余談だが、妻の上院議員当選に感極まって涙し、人目を憚らず子供のように目許を手で拭う現大統領の姿をみて、この田舎芝居も遂に来るところまで来たとの思いを禁じ難かった)

 大統領の正当性問題を政治内部で決着できず、司法の裁定に委ねてしまったことで、アメリカ政治の失墜は誰の目に明らかになった。

 しかもアメリカの州裁判所は非常に強い政治性を帯びており、公正な裁定者としては甚だ不適任である。底が抜けたのだ。

 あまつさえ議会は共和、民主の伯仲状況。
結局、この選挙でアメリカ国民は選ぶことを拒んだ。あるいは選ばないことを選んだといえる。

 選ばない選挙によって辛うじて選ばれた大統領に、一体何ができるというのか。この不断のツケはほどなくアメリカ国民自身に回って来るに違いない。そのときこそ過分の好景気が、長い目でみて国民にとって幸いであるかという問いに、答えが出ることだろう。

 他山の石とすべし、といいたいところだが、いずれこちらにまで累が及ぶことは確実だ。日本の操舵はますます難しくなってきた。

(終)

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