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第1回
放任主義は間違いだ

第2回
なぜかくも愛情がないのか

第3回
世代の断絶を憂える

第4回
根幹はやっぱり教育だ

第5回
視野の広さを取り戻せ

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(4/全5回) 2000.11.23

【第4回 根幹はやっぱり教育だ】
前田日明 また、ある人に言わせると、受験勉強をするのは悪のように言われているけど、いいところもあるんだ、と。日本の戦後を考えても、そういうところに負うところが多い、と。結局韓国だって、台湾だって、この20年間で驚異的な経済成長をしましたが、相当激しい受験勉強の国ですよ。日本以上に。

 なぜかというと、日本の教育政策を真似しているわけですね。それで他の国とくらべても、国力がきちんとアップしている。だから、それを一概にダメだとか、弊害があるとかは言えないと思うんですよ。つまり受験勉強も、実際に国として見ると、役に立っているシステムではないかと。

 だから、それを洗練させるというところが大事なんだけど、日本はいつも洗練させるっていうことをやらなくて、必ず、バージョンアップじゃなくて、まるっきり別のソフトに頼ろうとする。言わば、切り捨て過ぎて、もとの原型が残らないようにやってしまう。せっかく、いい部分があったのに。
 よく考えたらそういう「恐い話」っていっぱいあるんですよね。

福田和也 だから、例えばアメリカの大学の教員と話していると、昔はとにかく100 人いるとベストテンに5 人は日本人が入っていたのに、ここ10年は全然入ってこないと。1 番は誰かというと、まず韓国人、中国人、あとインド人ですよね。特に理系は、インド人がものすごく強くて。

前田 コンピュータ関係は、インド人はすごいですもんね。

福田 インド人がいなかったら、今はもう世界のコンピュータ産業はあり得ないようになっていますから。インドも受験勉強がものすごいんです。ある意味で言うと韓国よりひどいっていうぐらいに厳しいんですよね。あれだけの人口があって、中国もそうですけど、いい大学どころか大学そのものが10ぐらいしかない。そこ目がけて、ものすごい勉強をするんですね。当然すごくレベルが上がる。

 受験勉強については教員をやっていても思うところがあります。例えば文系を例にとると、昔だったら世界史、日本史、地理……って、全部やって入ってくるんですけど、今では一般教養で話していても「先生、私、世界史取ってないから分かりません」とか「日本史取ってないから知りません」みたいな話が通ってしまうんですよね。

 そうなると、ちょっと高級な社会科学とか哲学書の話ってできないんですよ。高校の段階で、もう関係ないって言ってしまうと。でも、楠木正成も真田幸村も知らない人に、儒教の話をしてもしょうがないっていうところはありますでしょう。

前田 そうですね。

福田 それは本当に恐ろしいし、この状態がもっと進むとなると、どうなるんだろうと思いますけどね。

前田 そんな状況で、政策決定って一体誰がやっているのかって、不思議な気もしますね、日本は。

福田 それは先ほどおっしゃったように、やっぱり現場の声が強くて、最終的には愛情がないんだと思うんですね。愛情があれば、しんどくてもどうにか教えようって思いますけど、全部やるのは先生方のほうがしんどいわけですよ。科目が少なくて教えることが少なければ、それだけ楽になる。深く勉強するにはやっぱり、生徒に対してフルにコミットしなければならないけれども。

 勿論先生方にすべての責任を押し付けられない面も大きくて、家庭の教育や地域のコミュニティの問題もありますけれど。でもそれを踏まえても、内容が薄くなれば、適当にやっていても生徒もおとなしくしているっていうので、そちらに流れているのも確かです。そのへんが根本的に変わってしまったんでしょうね。

前田 今の教師が「学校の先生は、こんなにやらなきゃいけないことがあるんですよ」って言うじゃないですか。でも、昭和20年代の後半から、俺たちの生まれた昭和30年代の前半はベビーブームの余波があったと思うんですよね。 1学年15クラスなんて当たり前ですよ。そのころの先生の仕事の量を考えると、はっきり言って、今とは比較にならないと思いますけどね。

 今なんか少子化で、人口推移を見てもどんどん減っているのが、実際の学校のクラス割りを見ても明らかで。1学年で3クラスか4クラス。つまり、俺たちのときの5分の1じゃないですか。

 それで「いや、学校の先生はヒマがない」って言うのは、自分たちが働くことに対して工夫をしなかったりとか、ただ単に与えられたカリキュラムをやっているだけだという面があるんじゃないでしょうか。学校をどんどん吸収併合させてもいいんですけど……。教員の削減だとか、いろいろやっているんですけど……。俺、そんなことするくらいだったら、せっかく学校という場があるんだから、生徒数を減らしてクラスを多くするような方向に持っていくほうがいいと思うんですけど。

 たとえば1クラス20人にしてクラスの数を増やして、そのぶん先生の数が増えたってそのほうがいいと思いますけどね。40人学級は40人学級のまま、生徒が減ったからクラスを減らしましょう、先生も減らしましょうっていうのでは、なにも変わらないんですよね。そういう制度の問題もあって、確かに先生の質っていうのが、すごく落ちましたね。

福田 少子化で、教員採用の人数がすごく減っているんですよ。神奈川県なんか、たぶん今年は、高校で社会科に1人しか採らないんですね。そのときには、本当に試験の成績だけで採るわけですから、知識の面で優秀でも生徒を引っ張っていったり、生徒にコミットするような力があるかどうか分からないじゃないですか。昔みたいに1回に200 人も300 人も採っていれば、ダメな人もいるけれども、やっぱり有能な人も採れますよね。

 だから、今後はひたすら先生だけをやっている人じゃなくて、例えば会社で1 回働いたとか、世間を知った人がもっと簡単に教壇に立てるっていうかたちをつくらないと、教育も日本もどんどん痩せ細っていくんじゃないかなって気がしますね。

前田 なんかね、今、日本全体の歯車が狂ってるなっていう感じが、すごくしますね。でも俺、根幹はやっぱり教育だと思うんですよね。どんな国でも成功した国っていうのは教育が上手くいっていますよね。疲弊して駄目になった国、後退した国っていうのも、やっぱり教育が先に駄目になっているんですよね。

福田 確かにアメリカとかヨーロッパの教育現場は、荒れていることは荒れているんですけれども、でも一部の、しっかり勉強するエリートは、本当に勉強しますからね。日本の官僚は働きすぎだとかって言いますけど、フランスはもともと官僚国家ですから、あのフランスだって官僚はめちゃくちゃ働きますよ。本当に洒落にならないぐらい。

 戦時中に海軍武官の実松譲がワシントンに武官として滞在した時の経験を戦後に書いています。開戦後しばらくして、結局彼は交換船で帰ってくるんですけど、そのときにアメリカの国防省では毎晩毎晩夜遅くまで電気がついていた。ところが日本に帰ってきたら、海軍省は夕方6 時になると電気を消して、誰もいなくなっている、というんですね。戦争中に。こういうことが、今でも続いているんじゃないかという気がしますけどね。

前田 それでいて妙なエリート意識を持っているんでしょうね。悪い因習がそのまま残って、いい部分が全部取られてしまったという感じに見えるんですよね、今の日本は。しかも、それは民主主義っていう音頭を取ったせいで。

(第4回 終)

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