【第3回 明日を考え、今を我慢する精神】
○福田和也 先ほども申し上げましたが、5年前の財政危機宣言以降、ここ4、5年で政治家も官僚も非常にパトスが薄くなってきた気がします。改革を反対する声に怯んでしまう。リーダーシップすら発揮できていないのが問題です。
●小泉純一郎 精神構造の問題ですね。国債を増発して、さらに借金を返すために借金をしようとする「その場しのぎ」の精神構造。これだけ深刻な借金をして、子どもの世代、孫の世代にツケを回して恥じない雰囲気が蔓延している。
5年前の「財政危機宣言」以降、歴代の内閣は「これ以上赤字国債を増発しない」と口では言い続けてきた。しかし実際は、「借金をこんなに抱えていいのか」という議論がでるどころか、「景気回復のためには仕方がない、ドンドンやれ」です。改革の意志が弱いため、こういうことになる。この状況は怖いことですよ。だから、国民の、政治家の、役人の精神構造こそ改革しなきゃいかんと、私は言っているんです。これは最も基本的な問題だと思っています。
今はよく、大転換期だと言われます。戦後50年がすぎ、明治維新と第二次世界大戦後に勝るとも劣らない大転換期だという人が多い。しかし、今言われている大転換期と、よく比較される明治維新や第二次大戦後、敗戦後とでは決定的な違いがある。
私は歴史の本が好きだから、いろいろ読んでみるんだけれどね、その最大の違いは、明治維新と敗戦後には、「なんとかこれからの日本をよくしよう、明日をよくしよう」とする精神があった。指導者たちは、今は我慢しても、明日はよくしようと思っていた。
ところが、現在では、今さえよければいいと。これだけ借金しているのは、明日をよくしようというより、ともかく今をよくしようという考え方です。既得権を維持したがる人たちなど、まさにそうです。
この違いというのは大きいんじゃないか。財政構造、行政機構だけじゃない、この精神構造自体が、私は最大の問題なのではないかと言っているんです。
特に明治維新なんて、識者の間で明治を懐かしむ声が強いですよ。みんな立派だ、立派だ、よかった、よかったと言う。しかし、あの時代は生きてる人は苦しかったと僕は思いますよ。
○福田 確かに大変な時代です。苦しい時代ですね。
●小泉 第一、徳川幕府を倒して、明治維新をするときも内戦でしょう。戊辰戦役。お互いに、尊皇攘夷、倒幕、戦争、内乱をして、ようやく明治維新政府をつくりあげた。なんとか基盤を固めると、今度は明治10年に盟友の大久保利通と西郷隆盛が西南戦争を始める。同じ仲間が、こうして戦った。そうして、やっとの思いで国内の基盤を固めたかと思ったら、すぐ日清戦争でしょう。その後また日露戦争です。
あの明治の45年間は戦争の連続ですよ。列強の植民地になっちゃいかんという、非常な危機感のもとになんとか日本を立ち上げようと必死だった。あの志というのは大したものです。あの時代に生きた人は本当に苦しかっただろうが、耐えてきたと思うんです。
○福田 いろいろ学者によって試算がちがうようですが、だいたい農民の税負担というのは江戸時代より3倍か4倍ぐらい増えていることになるそうですね。
昭和20年から39年を今と比べてみると、経済も弱かったし、福祉なんて本当に貧弱だった。にもかかわらず、一切の借金をせず、そのときの税収だけで全事業、全予算を組んだ。
それは「なんとか祖国を再建しなければならない」という気概があったからです。アメリカに敗れた、食べるものもあまりない、もちろん住宅も貧弱、福祉も貧弱。それでもなんとか欧米に追いつき追い越そうと我慢して、そのときの税収だけで、借金無しで頑張った。
モノがあふれている。そういうときに、まだ足りない、もっと借金しよう。そんな精神構造になってしまった。いまさえよければどうでもいいという、この精神構造と、明日をよくするために今は少しでも我慢しようという、明治時代と敗戦後の、この精神構造こそが決定的な違いだと思うのです。
だから私は、将来のことを考えて、少しはいま我慢しようじゃないかと言っているのです。
「こんな無責任な借金し放題でいいのだろうか」という機運が生まれないかぎり、日本新生とか経済発展というのはあり得ないんじゃないかな。だから、先人の歴史に学ぼうという機運が起こるのを私は待っているんです。「今さえよければ」という精神の荒廃は、なかなか気づきにくいんだけれども、いつ直るか、いつ立ち上がるか、私はそれに期待している。