【Part2 「利害調整型」政治・行政からの脱却を】
一つの制度が続いてくると、政治も行政もその制度を守り、維持させるため、利害調整することが目的化してしまう。今の日本の状況も、そのとおりではないかと思う。ビジョンを示し、目的達成のために活動し、必要に応じて調整を行うのが政治なのに、利害調整が自己目的化している。国民をリードするテーゼは見られず、現状追認型で既得権に迎合し、お互いが利害を調整することに汲々してきたのではないか。
今や、問題を隠して先送りするのではなく、日本の社会構造に様々な問題があることを公開して、痛みを伴ったとしても解決策を決断して実行することが求められている。新しいパラダイムを示し、利害調整型の政治・行政から決別すべき時である。国における諸制度の改革も、小泉政権がこの状況にどこまで切り込めるか、そして日本の現在の閉塞感を払拭できるかどうかは、利害調整型から脱却するのだという意志にかかっていると思う。これをやり抜くとともに、政権政党自身も古い殻から大脱皮することができなければ、今の政府は存続し得ないと知るべきであろう。
日本は戦後55年間、右肩上がりの経済成長をしてきた。平均寿命はどんどん伸び、労働人口はどんどん増えていった。欧米へのキャッチアップのために中央集権、規格大量生産体制が構築され、それに合せて人々は画一的に有名大学への入学、大企業・官庁への就職を目指すというように、一つの制度にまつわる形で、社会ができあがるという制度的補完性が確立した時代であった。当然のことながら、このまま今の社会がずっと続くことが良いとされてきた。世界史的に見れば、これは希有な例である。
21世紀を迎える時期になって、こうした制度の綻びが顕著に見えてきた。経済は右肩上がりで成長を続けると思われてきたが、実はそれは不可能に近いことだとわかってきた。日本の特徴的な雇用形態であった、年功序列や終身雇用制の維持は難しくなっている。また、少子高齢化の進行により、今世紀の半ばには、日本の人口も減少することが見込まれている。飛行機などの交通手段や情報通信の急速な伸展に伴い、国境の壁は薄く低くなり、人々が自由に行き交い、情報が飛び交う、ボーダレス社会といわれる社会が実現しつつある。これまでの常識が通じない世界が目の前に現れてきているのである。
このように前提が変化し、これまで巧く機能してきたシステムが、崩れつつある現状を真剣に考えれば、今の制度を根底から見直し突き崩し、新しいパラダイムを創り上げて、次の世代に渡していくことが重要なことであり、今まさにリーダーに求められていることだと思っている。そして国に先駆けて地方自治からそのような変化を起こすことは、地方自治体の長にとって重要な責務であると共に、地方自治からそのような変化が起きることこそ、歴史的必然であると言っていいのではないだろうか。