【Part4 怪物を描く連載『グロテスク』】
○福田和也 これだけたくさん読者がいるにもかかわらず、お仕事をかなり抑えていらっしゃるような印象がありますが?
●桐野夏生 寡作だって書いていらっしゃいましたね、私のこと。
○福田 はい。
●桐野 以前は連載の仕事が来なかったので、書き下ろしが中心で、出してもせいぜい1年に1作だったんです。『OUT』は2年かかっています。ここ2、3年で連載の仕事が増えたので最近は続けて出ていますが、それまではやはり少ないですね。デビュー8年で『玉蘭』が11作目です。最初がそうだったので、仕方ないと思います。
○福田 意識的に抑えていらっしゃるのではなく、現実的な問題としてそうなってしまったということですね。
●桐野 そうです。私としては様々な媒体に執筆してみたいと思っています。書きたくて、心がざわざわするんです。月刊誌をやって季刊誌をやって、今度週刊誌をやって、いずれ日刊もやってみたいと思っています。連載の形式によって小説が変わるのではないかという楽しみもあるので、場があれば何でもやりたいですし、いつも書いていたいんです。
○福田 いま、週刊文春に『グロテスク』を連載されています。優秀で恵まれた女性の引き起こす、危うい生活と破綻を描いていますが、「円山町OL殺人事件」を題材とされていますね。執筆の動機は何だったんでしょう。
●桐野 事件が起きた当時、書きたいと思い少し取材したことがあります。会社で損ねられたのが原因かと思ったのですが、いまは会社にとっては女性も貴重な労働力ですから、社内は整備されていて特に原因となるような問題も見あたらない。それで、手掛かりもなくそのままになっていました。昨年、佐野眞一さんのご本や久間十義さんの『ダブルフェイス』が出版されて、読みましたが、よくわからなかった。女には堕落する解放感もある。私が女として書けることがあったらできるかもしれないなと思って、再開したんです。
○福田 ある女性が言っていましたが、佐野さんや久間さんの本のように男性が書かれたものには、まったくピンとこない。桐野さんが納得のいくものを書いてくれるのではないかと期待していました。
●桐野 いままでに書いたことはないのですけれど、今回は怪物を書こうと思ったんです。
○福田 怪物……。怪物ってどういう意味の怪物?
●桐野 だから……、何かがものすごく歪(いびつ)な人ですね。うまく言えないですけれど、何かがすごく成長していて、何かが成長していない、そういう人になっていく話にしようと思っています。
○福田 そういう人に、なぜなったとお考えですか。
●桐野 壊れたんだろうと思います。壊れ方にもいろいろあって、壊れてダメになってしまう人もいれば怪物になって生き続ける人もいる。壊れて怪物になって、もう1回再生する人もいる。彼女は、多分、怪物になったのかなという発想で書いています。
○福田 『玉欄』に登場する、30歳ぐらいで外国に行ってしまったりする女性にも、似たものを感じますが。
●桐野 ちょうど5年前、上海に取材に行った時に、若い女性の海外進出が話題になっていました。香港の銀行に勤務したりMBAを取りに行ったりする女性は勝ち組だといわれるような風潮があったのですが、行ったからといってどうなるのかという疑問もありました。
○福田 若くて有能な女性たち、有能といわれている人たちが抱えている、ものすごい不充足がありますよね。そういう問題は当然男性にもあるけれど、特に女性の場合は怖いと思いますね。
●桐野 怖いですよ、本当に。どこに行くんだっていう感じですね。ちやほやされたのに、気がつくとたった独り。
○福田 多分、ある意味で、一番不幸だと思います。
●桐野 一番不幸……、そうなんです。いま本当にそういう女の人たちが不幸かもしれません。寄る辺がない。
○福田 根拠なく信じてきたものが、30歳を過ぎてから突然全部輝きを失ってしまう。
●桐野 彼女たちを支えてきたものは、根拠のない信念なんです。私たちの世代がむしろ幸せだったのは、そういう信念すらもなかったので、みんな手探りでやってきたからです。何かを信じて満たされないのはかわいそうだと思う半面、それがどういうことなのか見てみたいという思いもあります。
○福田 自分が不充足のまま母親になってしまったりすると、本当に大変ですよね。
●桐野 大変ですね。再生どころか、もう本当に自分の中に怪物を生み出すしかないのかなと思います。