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Part1
一作一作チャレンジングに

Part2
濃密な人間関係が好き

Part3
指の間からこぼれ落ちることを

Part4
怪物を描く連載『グロテスク』

Part5
構成ではなく、無意識で書く

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桐野夏生 作 家     (2/全5回) 2001.05.28

【Part2 濃密な人間関係が好き】
福田和也 女性の書き手として面白いというか、すごいなと思うことがしばしばあります。例えばミロ・シリーズの場合、第1作の『顔に降りかかる雨』では主人公のミロが親友を騙した男と寝そうになったり、第2作の『天使に見捨てられた夜』ではAV監督と寝たりします。普通、女性作家は書きません。

桐野夏生 そうですね、止められました(笑)。『天使に見捨てられた夜』の時、当時の出版部長に呼ばれて、AV監督とミロが寝る場面は書き換えられないのかと言われました。でも、「若い女の人だったら、相手が素敵な人でもっと知りたいと思ったら、そういうことをするんじゃないですか。立場ではなく、個人なんですから」と押し切ったんですけれど。こんなことで言われるんだと、少し驚きました。

福田 あのように描くことによって、すごくリアルであると同時に、ミロという女性のキャラクターが鮮明になりましたね。他者に対する距離感とか。

桐野 そうですね。

福田 「寝る」ことと「対立する」ことは、共存するのだというか。その真実が非常に生きてくる気がした。けれども、逆にこれは書く人はいないなと思いました。

桐野 そう言われてみればそうですね。どうしてもきれいごとになりがちというか。でも常に現実のほうがすごいですから、それが書けないと小説が現実に負けていくと思いますね。

福田 『玉蘭』では、有子と医者の恋人が齟齬をきたしながら付き合ってく。あの展開にもすごく驚きました。

桐野 私はああいう濃密な人間関係が好きなんです。人間関係が自由自在にというか、丸くなったり四角くなったり変化していく。スパッと断ち切るのは簡単ですけれども、人間はそう簡単ではない。勝手に思い込んだり、互いに思い合って一緒に変わったり。

 人が犯罪を犯すきっかけというのも、多分人間関係の妄想ではないかと思うんです。何か悪いことをしたり、とんでもないことをするというのは。だから、私は、人間関係の妄想、人間関係の実態、あるいは人間関係に対する自分の考え方みたいなものに、すごく興味があります。それで、そういう書き方になってしまうんです。あれを恋愛とはいわないのかもしれませんが。

福田 ただ、普通の作家だと、それを書いていくとしんどくなると思うんです。齟齬がありながら、でも続いていくという話ですから。

桐野 そうですね。私はそれが面白いから駄目なんでしょうね、きっと。

福田 駄目というのは(笑)。

桐野 普通にスパッと割り切って、もっと分かりやすい小説にするということができないのかもしれない。

福田 逆にそれが、他の作家にないリアリティを描くことになっていると思います。そういった書き方のリアリティと同時に、登場人物のリアリティもありますね。

 知り合いのアメリカ人が『OUT(アウト)』を読んで非常に驚いていたのは、「お弁当を詰める工場にフォルクスワーゲンのゴルフでパートに来る、あの感じというのは本当に日本だ」と。でも、なぜそれを他の作家は取り逃がしているのか。桐野さんが持ってくるリアリティは、取材で得られるようなものではないですよね。

桐野 あれはかなり小説的な人物です。現実にいるかどうかは関係なく、虚構の中でのリアリティを感じさせるために作っています。ただ、そういう設定が生まれるのは、ひとつには私が生活者ということもあると思います。毎日スーパーへ買い物に行きますが、そういうことで見えてくることもかなりあると思います。そういう意味では、女でよかったなと思いますね、本当に。

福田 もう少し具体的に、生活者というのは……?

桐野 私は夫と子どもがいますので、毎晩夕飯ぐらいは作ります。だから、食材がなければスーパーに寄ります。このコンニャクとこっちのコンニャクはどちらがおいしいかとか、その場だけ急に10円20円の差が気になる世界にバッと入る。わりとそれを楽しんでいますね。それを毎日やっていると、世界は絶対違う見え方をしてくると思います。

福田 でも、主婦で作家の方も結構いると思いますが。

桐野 私がそういう人が好きなのかもしれない。さっきおっしゃったゴルフに乗ってパートに来る人が好きなんですよ。そういう人しか見ていないのかもしれない。

福田 小説的な構成や題材に関しては、ある意味では人工的と言えるぐらい意欲的であると同時に、でも、見ていらっしゃるところはリアリティがしっかりしている。桐野さんの小説には、他の小説で見たことのないような人たちが出てきます。

桐野 欲望というか、弱みのようなものを見せる人が、私にとっては魅力的であり官能的なんです。人間の変なところを一生懸命探しているのだと思います。

福田 濃密な人間関係とおっしゃったけれども、『OUT』や『光源』は、それぞれ自分の都合と利益と視点を持った人間が多数集まってきて何かをするという話です。近代小説とは、基本的にはそういうものだと思います。ただ、日本の小説の場合、どうしても1対1の人間関係、せいぜい一人追加して三角関係ぐらいが多い。

桐野 私が思い描いているのは、ざわざわ、ざわざわと生きながら、それこそビリヤードで玉を突くとポーンと弾けるような人間関係です。こっちを突くと、あっちがぶつかって、こうなって。そういうメカニックなところが人間関係にはあります。人間関係が変われば、その人間も変質する。そういうイメージで書いています。

 例えば、何か目標がある状況下で、皆が一方向に向いてる時にポンと突くと、とんでもないところに行くということが自分の仕事上の経験でもあるので、そういったことを書いてみようかなと考えたんです。

(Part2 終)

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