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Part1
一作一作チャレンジングに

Part2
濃密な人間関係が好き

Part3
指の間からこぼれ落ちることを

Part4
怪物を描く連載『グロテスク』

Part5
構成ではなく、無意識で書く

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桐野夏生 作 家     (1/全5回) 2001.05.28

まさしく大器(福田和也・評)。
充実した作品を発表し続ける、その小説観から日常生活までを訊く。

【Part1 一作一作チャレンジングに】
福田和也 現在の作家の中でも、桐野さんはたいへんな実力をお持ちの方だとずっと思っていましたので、お目にかかるのが本当に楽しみでした。

桐野夏生 ありがとうございます。

福田 一作一作がものすごくチャレンジングでいらっしゃいますね。読むたびに、こんなすごいことをやっている、またやっている、という感じがします。そういう書き手がいてくれることは、本当に嬉しいですね。

桐野 そうですか(笑)。本人は面白がって書いているだけなんですけれど。これまでやってこなかったことや、自分で封じていたことを、今回はやってみようかなと思いながら書いているという感じです。同じことを繰り返すと自分で面白くないので、ルーティーンにならないようにと心がけています。それで、そうお感じになられるんじゃないかと思いますけれど。

福田 新しいことと同時に、難しいことをされていますね。

桐野 成功と失敗の際を歩いているようなところがあります。毎回違うことをやることで、マーケットをだんだん狭めたり、自分を追い詰めることになるかもしれないと思うこともありますね。

福田 最新刊の『玉蘭』はたいへんに凝った作品でした。時間軸が2つあって、視点が4つあって、しかもテキストが入れ子になっている。600枚の長編でそういった凝ったことをやってしまうのは、すごいことだなと思いました。

桐野 『玉蘭』は、100枚ずつ6回の連載だったんです。その形でどうやって執筆しようかと考えたのですが、1回1回で世界を広げて閉じていく、登場人物の世界、その人間の感じる世界を広げて閉じていく、という方法を採りました。そうすることによって、個々の話に予期せぬ関連が生じてくる。結果として有機的な繋がりが生まれましたが、でも、最初から意図したものではないんです。

福田 『水の眠り 灰の夢』もたいへんに凝った作品ですね。村野ミロ・シリーズの外伝という形で、過去の時代そのものを復元している。週刊誌ジャーナリズムが誕生すると同時に大衆消費社会が始まりつつある時期の、その端境期の若い人間の意識みたいなものが書かれている。移り変わりつつある時代の雰囲気がリアルに描かれていて、私は本当に興奮して読みました。ただ、桐野さんがこれを書く理由が分からないという思いも正直ありました。なぜ、あの時代に注目されたのですか?

桐野 私は転勤族の娘で、中学2年の時に札幌から東京に引っ越してきました。1965年のことで、1年早かったら東京オリンピックだったのにと残念に思った記憶があります。私が見た東京の街は、結局いまの風景の原型というか、現在とそう大きくは違わない新しいものだったんです。それ以前の東京が見たかったという気持ちがありましたし、風景や場所には興味があったので、見たい、とにかく見たいと思いました。

 もうひとつは、男の熱気みたいなものを書きたかったんです。懐かしい男の熱気。時代と自分の可能性を信じることができた幸せな人たちといいますか。いまはそういった熱いものがなくなってきているので、そのころの時代設定で男たちの熱気を書いてみようと思ったんです。

福田 ああ、なるほど。『水の眠り 灰の夢』を拝読した時に、小林信彦さんの仕事を思いうかべました。

桐野 『夢の砦』ですね。私も読みました。

福田 小林さんは、オリンピック以降日本の街は変わったということをおっしゃっています。そして、ご自分で見た以前の東京の姿を書いている。『夢の砦』にはヒッチコック・マガジンを中心とした熱気が描かれていますが、小林さんが対象化できなかった部分を、桐野さんはかっちり形にしている気がしました。

桐野 たぶん年齢が違うせいだと思います。私の方が下ですから。小林さんの『夢の砦』は私の兄の世代が憧れた人たちの話です。兄はいま55歳ですが、兄の世代の人たちが格好いいと思っていたことに私も影響されていますから、それを懐かしむ気持ちは、私にもあります。

 それと、父は建設業でしたので、多分東京オリンピック関連の建設に随分関わったと思います。父が信じていたものは、いまはもうすごく古びていますけれど、その時の希望や情熱を手に取って眺めてみたい気持ちもありました。ですから、距離を置いて客観的に見ているんでしょうね。

福田 男の世界という話が出ましたが、日本でもハードボイルドといわれるものを書く方がたくさんいらっしゃいます。ただチャンドラーなどのハードボイルドを一番正確に把握されてるのは、桐野さんではないかと思います。

 『ファイアボール・ブルース』、あれも本当にいい小説だと思います。火渡抄子(ひわたりしょうこ)という女子プロレスラーのモンキービジネスへの対応に、ハードボイルドについての考え方がよく出ていました。現在を生きている人間、この世界を生きている人間は、モンキービジネスを強いられるのだけれども、そのモンキービジネスの中で何とかプライドを保つというのがチャンドラーのマーロウ・シリーズですよね、基本的には。

桐野 そうですね。

福田 日本のハードボイルドは――もちろん質はいろいろありますけれど――すごくナルシスティックなものが多くて、格好をつけた世界が多い。けれども、桐野さんはそれをしっかり本質において受け止めていらっしゃる。女性なのにというか、女性だからなのかもしれないけれど。

桐野 女だからでしょうね、多分。この世界を女で生きることは――いつも言うんですけれど――ものすごい違和感があるんです。違和感を体感しながら生きていくことは、船の舳先で絶えず波をかぶっているような気がします。そうやって違和感でこの世界を切り裂いていくと、ナルシシズムやセンチメンタリズムには絶対落ちないと思います。この世で生きることは恥ずかしいことだという諦念みたいなものを心に持つせいでしょうか。恥辱や汚辱を感じるということ自体がプライドなんだと思います。

(Part1 終)

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