さて、スキーの話です。
と云うと、桜も散りはじめた今頃に、と云われるかもしれません。
ごもっとも。
でも、混雑を好まず、ゆったりとスキーを楽しみたい層には、実は3月以降がスキーのメイン・シーズンなのです。
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撮影:福田和也(以下同) |
たしかに、一時期に比べれば、スキー場も混雑しなくなりました。だから、わざわざ時期をはずさなくても、と思われるかもしれません。でも、どんなスキー場でも、年末年始を中心とした冬休み期間は込みますし、以前のように1時間待ちなどというナンセンスなことはないにしても、多少は待たないわけにはいきません。
スキー靴にスキー板という重たくかさばるものをつけて、じりじりと金具やエッジをこすりながら前進していく、あのリフトの行列くらいみっともなく、理不尽なものはない、と思うのは私ぐらいのものでしょうか。行楽にきて、あんな風変わりな苦行を強いられるいわれはありません。
さらに、ゲレンデが込んでいると事故が起きやすい。事故は起きなくても、始終衝突を気にしながら滑っていたって、これは面白いわけがないのです。しかも、こちらは、体力、技量ともに落ちぎみの中年スキーヤーですから、ただでさえ「事故」が怖い。
というわけで、混雑を嫌う私としては、子供とゲレンデに出るとなると、どうしても春休み前後になってしまうのです。
でも、春は雪がよくない、とおっしゃる方もいるでしょう。
その通り、たしかに雪はよくありません。それに日差しも強い。
現在、人工降雪の技術が、格段に進歩したために、かなり標高の低い場所でも、四月以降まで営業するスキー場がでてきました。
けれども、やはり、基本的に気温が高いところはダメですね。すぐに雪が日向のカキ氷のようになってしまう。かと思うと、ガチガチに凍ってしまったり。
となると、やはり標高の高いところに行かざるをえません。
私はここ、しばらく、というよりも7年あまり、奥志賀高原に通っています。
年にもよりますが、ここは3月末でも、吹雪が吹くという土地柄で、今年などは4月初めでも、パウダー・スノーでした。
遠いから、という意見もあるでしょう。
でも、高速道路の整備などで、だいたい都心から5時間です。今年は、3月の終わりに、霞ヶ関から高速にはいって、4時間半途中休憩込みで、ホテルの前につきました。遠いといえば遠いかもしれませんが、2泊以上するならば、雪質の格段の違いを考えればこれは、十分に合理的な選択でしょう。
しかも奧志賀には、2.2キロのダウンヒルコースをはじめとする、バラエティに富むゲレンデがあり、しかもスキーヤーにとっては、邪魔で仕方がないスノーボーダーが締め出されているのです。さらに、一の瀬、寺小屋とリフト、ゴンドラをのりついで、ツアーをすることもできます。
その上、この上なくすいている。春であれば、どのリフトも、ゴンドラも待ち時間ゼロ。ゲレンデでは、狭い林間コースをのぞけば、ほとんど衝突の危険なしに滑れるのです。これは「遠い」というイメージがよく働いている面もあるでしょう。
奧志賀の魅力は、雪質、コース、混雑なしという点にとどまりません。
何よりも、宿がいいのですね。
奧志賀には、ゲレンデに面して二つのいいホテルがあります。
奧志賀高原ホテルは、スキー用の高級リゾート・ホテルの草分けとして、30年前から志賀高原のみならず、国内でも高名なホテルでした。そのフランス料理の水準は、スキー宿の常識を破るものとして斯界に衝撃を与え、現在の白馬あたりのペンションにおけるグルメ競争の端緒になったものです。
もう一つ、ホテルグランフェニックス奧志賀があります。こちらは開設10年ながら、スキー用という冠をはずして、ただリゾート・ホテルとしても、日本最高峰のホテルといっていいでしょう。
名称からわかるように、三井物産系のスキー衣料メーカー、フェニックスが運営にあたっていますが、その余裕のある設計や、シンプルであたたかみのある内装など、どれをとっても文句はありません。
イタリア料理、和食、中華料理のいずれもきわめて本格的(和食のレストランでは、羅生門から越乃寒梅までの銘酒がリーズナブルな価格で提供されます)なもので、この地が標高1300mの場所にあるというハンデなど関係なしに、一流の水準で通るものです。
各部屋も、広々としていて、普通のツインでも、子供のベッドをいれても狭苦しくはまったくありません。スキー客用に、ウォークイン・クローゼットがしつらえられて、バスルームも広い。
さらに山に面した、大浴場がありますが、ここも常に磨きあげられたガラスと大理石からなる見事なもので、湯量の豊富さととともに、文句のつけようがありません。リネンなどが上質であるのは云うまでもありませんし、プールとスパ、サウナも、しっかり装備されています。
スキーも、レンタルスキーも豊富にありますし、スキー・ロッカーも、完備されているのです。
まあ、とにかく、文句のつけようがありません。私のように、始終内外のホテルにとまっている人間にとっても、毎年行くのが愉しみなホテルです。この内容で、エキストラ・ベッドをいれて、私のいつも泊まるやや広めのツインが3万8000円です。プリンス系統の宿にくらべれば2倍以上ですし、デフレ下においては高価といえば高価かもしれませんが、私は都心のホテル価格などから比べても、十分リーズナブルだと思います。もっともこれは、3月末という時期ならではの価格です。
高校生や大学生のように、とにかくたくさんすべりたいという時期ならば、宿代もリフト代金にまわしたい、というところでしょうが、今はそんなにガツガツすべる必要もないのです。スキー合宿などで、それなりに上達したらしい、子供たちのスキーの腕をたしかめながら、気持ちのいい程度、技量を落とさない程度に滑ればいいのです。スキーは、私が好んでやる唯一のスポーツですから、あまり技量が落ちるとさすがに悲しい。
でも、まあ目的は、楽しくリフレッシュすることですから、晴天の雪山の下で、スピードと躍動感を愉しんだ後には、あらゆるストレスのない、つまりは吟味しつくされた快適な空間でリラックスしたいものです。
このホテルで一番の見物は、ラウンジでしょうね。泊まらなくても、近くに来られたら、立ち寄られることをお勧めします。2階、3階を貫く大きな吹き抜け全面をガラスで張った、窓外の風景の豪奢さはもとより、吟味しつくされたソファ類にスキー後の、やや筋肉痛が残る身体を預ける心地よさは、代え難いものがあります。
奧志賀には、もう一つ名物があります。杉山スキースクール。日本のアルペン・スキー指導の草分けとして、定評のあるスキースクールです。近年新興の規格団体が幅をきかせているものの、狭い技術論にとらわれない、マナーやスタイルといった点にもこだわる、文化的なスキー観、小学生にはヘルメット着用を義務づける細心な安全配慮によって、ほかのスキースクールとは異なった高い指導を行っています。
私が高校生の頃、仲間のなかで、ただ巧いというのではない、素人目にも、何とも品のあるすべり方をする連中がいて、それを質してみるといずれも、小学生の時から杉山に通っていたという。もう我流が染みた身の上で、自分についてはどうしようもなかったのですが、子供たち二人は、小学生1年生の時から杉山の合宿に、冬、春と通わせています。
まず人の助けを借りず自分でスキーの道具類を持ち運び、身につけることからはじめ、ベッド・メイクまで指導するという仕方は、やはり今日では得難いものです。私の奧志賀行きも、実は、合宿の終了時に、子供を拾いかたがた、その上達具合を見るために、2、3泊をする、というところからはじまり、これまで7年に及んでいるのです。
杉山スキースクールは、合宿だけでなく、通いのコースも、個人指導も受け付けています。子供づれでやってきて、子供だけをスクールに入れたり、個人指導にまかせて、大人は思う存分すべる、という使い方もできます。
たしかに多少の費用はかかりますが、しかしその費用に値する、今日稀な贅沢らしい贅沢が味わえることを考えると、高くないとはいいませんが、なかなかにお値打ちである、とはいえると思います。
すいていて、雪質のいいゲレンデ。非の一点もないホテル。そして快晴の雪景色。まったく贅沢とはこういうものではないですか。
(終)
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