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第1回
日本的リベラルのあり方

第2回
国家をどう見るか

第3回
憲法第9条をどう見るか

第4回
パワー・ポリティクスをどう見るか

第5回
アジアとの関係をどう見るか

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(2/全5回) 2000.11.28

【第2回 国家をどう見るか】
宮崎哲弥 かつて『朝まで生テレビ』という番組で、ある識者に「あなたは、国家は運命共同体とは思わないの?」と聞かれた時に、枝野さんは「運命共同体です」とお答えになりましたね。じつは私は意外だったのです。何故かというと私は必ずしも国家が運命共同体だとは思っていなかったからです。

 運命を共にする共同体であることと多様な価値の共存を認めることは直ちに矛盾するわけではありませんが、背反する可能性は高いと思います。そこを「リベラル」という立場でどう切り分けられるのですか。

枝野幸男 未来的には国家が運命共同体でなくてもいいんですが、今は地球社会が国家という単位で構成されているという現実があるわけです。その中では、いい悪いに関わらず、たとえば円が弱くなれば、日本に住んで円を通貨として使っている人間がダメージを受けるという意味で、運命共同体であることは否定できないと思います。

 ただ、何のための運命共同体なのかというと、そこに住んでいる人たちが多様な価値観をいかに発揮できるかということを守るための共同体なのです。その意味では画一的・単一的な価値観のもとで運命共同体を構成するのか、多様な価値観を守るための運命共同体なのか、という大きく言えば2種類の選択肢があるわけですね。

宮崎 おっしゃることはよくわかるのですが、日本は非常に同質性の高い社会で、その反面閉鎖的、排除的ですよね。こういう社会的な土壌を改良しようとする場合、どちらかというと運命共同体というような一体感を弱める方向に行く方が、価値観の多様化、選択肢の担保を目指すリベラルな理念に適っているのではないかと思うのです。でも、そういうことではやはり選挙には勝てないですか(笑)。

枝野 選挙に勝てないというよりも、やはり今は国家という単位で国際社会が動いているという現実をクリアできないと思うのです。もちろん、たとえば教育の問題で、たまたま同じ小学校学区に住んでいる人たちが同じ小学校に通って運命共同体になる必要はない。そこはバラバラで自由な学校へ行ったらいい。

 そのレベルでは運命共同体という意識は壊していってもいいと思うのですが、安全保障や通貨という問題は、現に客観的に運命を共同しているし、それを社会維持という観点から壊すわけにいかない以上は、むしろそこからスタートして、その中で多様な価値観をどうやってつくっていくかということを考えるべきではないでしょうか。

宮崎 なるほど。ときに安全保障という言葉がでましたので、国家が運命共同体だとして、その枢要たる国防の話を伺いましょう。民主党はこの問題はアキレス腱というか、非常に突かれると弱い点で、内部でも見解のまとまりがてんでない、はっきりいってバラバラじゃないかという印象があるわけです。

 たとえば鳩山党首は、憲法の改定問題を積極的に検討するとおっしゃっていますね。確言こそされていませんが、とくに第9条を中心に憲法の大胆な手直しが必要だとお考えになっているようです。

 しかし一方で、憲法を改めるなんてとんでもない、非武装中立でいくんだと社民党に近い見解を持たれている方々もいらっしゃいます。両派のほぼ真ん中近くに位置していると思われる枝野さんとしては、この党内外の状況をどうお考えになるのでしょうか。

枝野 安全保障の話は必ず憲法第9条の話になってしまう、あるいは第9条の話をすると、安全保障の政策が違っているようにとられてしまうという、歴史的な不幸を背負っているんですね、この国は。民主党内の議論が、その歴史的な不幸を背負い込んでいることをあまり意識せずにやっているものだから、外からは非常に誤解をされるのだと思っているんです。

 ですから第9条をどうするかという話は別問題とすれば、その先でわが国の安全保障についてどう考えるのかということについては、そんなにズレはないと思っています。たとえば先ほどおっしゃっていた、非武装中立的な発言をする議員がいるということも、ある局面だけをとれば、鳩山党首を含めて非武装中立――どういうことかと言うと、本来は非武装中立にしたい。だから、できるだけわが国の軍事力は小さい方がいいという価値観に民主党が立っているのは間違いないです。

 ただ現実的に、今の国際社会の流れの中ではそれを今すぐ実現することはできない。いつになったらできるのかということも、おそらく我々が生きている間にはないでしょう。その認識を前提として、本当はそうしたいという価値観でほぼ一致しているということだと思います。

 その上で、今当面必要な対応策として、一定程度の軍事力、いわゆる今の自衛隊というものが当面やむを得ない必要措置である。それから今現在まで、日米安保がわが国や近隣地域の安全のために大きな意味をもってきたということについても、共通の認識です。そこまでは民主党内部で完全に一致している。

 また、これからアメリカに依存した形の安全保障をできるだけ小さくしていくべきだということも一致している。他国の軍事紛争に日本が単独で介入することはやめるべきだ、という点も一致している。国際社会の秩序維持の役割として、今はPKOとしてやっているようなことが、国際社会のコンセンサスを得られる中でもう少し踏みこむことについては 、あってもいいんじゃないか、と。

 このへんのところまでは、一致しているわけです。ほとんどズレはないですね。そのために第9条を変えるべきか、変えなくてもいいのかという議論はまだ残っているけれども、安全保障政策の大筋そのものはズレていない。しかしたしかに、それを第9条とどう絡めるかというところがズレている。

 けれどこれは、私は一種の歴史的な問題なのだと思っていて、政策のズレだとは思っていないんですね。

(第2回 終)

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